きっとあの頃とあまり変わっていない玄関を抜け、茶の間に通される。昔はコタツだったような記憶が、朧気に浮かんだ。母が言っていたテレビの脇。無表情の小さい母さんの写真の奥。確かに幼い俺がいた。あの嬉しそうに背負っているのは、おじいちゃんに買ってもらったリュックだ。かっこいいでしょ、って写真を撮ってもらった。あれはどこに行ったんだろう。あの家に引っ越す時にはもう、なくなっていたような気がする。
「やだ、お母さん。カナタももう二十五よ? コーヒーだって飲めるんだって。何ならお酒だって飲むんだから」
キッチンから聞こえてくる母の声。おばあちゃんが、俺に出すジュースがないとでも言ったのだろう。いちいち驚く祖母と得意げな母。それが、ちょっとおかしい。おじいちゃんも少しだけ、笑っていた。
「カナタ。色々聞きたいことはあるが……まずは、元気そうで良かった」
「うん。おじいちゃんたちも」
最後に会ったのは、二十年前だろう。記憶の中のおじいちゃんは、もっと若くて。その年月を実感せざるを得ない。本当はもっとここに来たかったな。俺のおじいちゃんとおばあちゃんは、この二人だけ。そう思っていた頃は、今思えば一番幸せだった。あのままでいられたら、俺は真っ直ぐに育っていたのかも知れない。
お茶を乗せた盆を持って、母さんが俺の隣に座る。四人で囲む食卓。ちょっと照れ臭くて、嬉しくて、ニヤニヤしてしまったけれど。それを誰も何も言わない。皆、感慨深い思いを抱えて、静かに茶を啜った。
それから、色んな話をした。でも、大人になるまでの話は聞かれない。主に大学時代の話だ。どんな学生生活だったのか。専攻はなんだったのか。そのうちに、おばあちゃんがアルバムを出して来て、少しだけ思い出話。きっと、おじいちゃんたちは知りたいと思う。俺があの後、どんな風に育ってきたのか。それでも触れてこないのは、本当の優しさだなと思った。
「さぁ……カナタ。ママ、玉子焼き作るよ」
「うん。大丈夫? 作れる?」
「作れるわよ。ねぇ、お母さん」
「そうよ。おばあちゃんも、昨日食べたのよ。上手にできたと思うわ。カナコが料理するなんて思わなかったから、泣いてしまったもの。初めて娘が作った物を口に出来たって。もう感動しちゃって」
「おぉ……それほど、だよね」
もう二人して、とプリプリしながら、母さんは台所に消えた。でもどこか楽しげで、その背があの頃を思い出させる。懐かしい気分でそれを見ていたら、何か話そうとした祖母を祖父が止めた。ヒロ、と僅かに聞こえたから、恐らく中川さんのことだ。
「やだ、お母さん。カナタももう二十五よ? コーヒーだって飲めるんだって。何ならお酒だって飲むんだから」
キッチンから聞こえてくる母の声。おばあちゃんが、俺に出すジュースがないとでも言ったのだろう。いちいち驚く祖母と得意げな母。それが、ちょっとおかしい。おじいちゃんも少しだけ、笑っていた。
「カナタ。色々聞きたいことはあるが……まずは、元気そうで良かった」
「うん。おじいちゃんたちも」
最後に会ったのは、二十年前だろう。記憶の中のおじいちゃんは、もっと若くて。その年月を実感せざるを得ない。本当はもっとここに来たかったな。俺のおじいちゃんとおばあちゃんは、この二人だけ。そう思っていた頃は、今思えば一番幸せだった。あのままでいられたら、俺は真っ直ぐに育っていたのかも知れない。
お茶を乗せた盆を持って、母さんが俺の隣に座る。四人で囲む食卓。ちょっと照れ臭くて、嬉しくて、ニヤニヤしてしまったけれど。それを誰も何も言わない。皆、感慨深い思いを抱えて、静かに茶を啜った。
それから、色んな話をした。でも、大人になるまでの話は聞かれない。主に大学時代の話だ。どんな学生生活だったのか。専攻はなんだったのか。そのうちに、おばあちゃんがアルバムを出して来て、少しだけ思い出話。きっと、おじいちゃんたちは知りたいと思う。俺があの後、どんな風に育ってきたのか。それでも触れてこないのは、本当の優しさだなと思った。
「さぁ……カナタ。ママ、玉子焼き作るよ」
「うん。大丈夫? 作れる?」
「作れるわよ。ねぇ、お母さん」
「そうよ。おばあちゃんも、昨日食べたのよ。上手にできたと思うわ。カナコが料理するなんて思わなかったから、泣いてしまったもの。初めて娘が作った物を口に出来たって。もう感動しちゃって」
「おぉ……それほど、だよね」
もう二人して、とプリプリしながら、母さんは台所に消えた。でもどこか楽しげで、その背があの頃を思い出させる。懐かしい気分でそれを見ていたら、何か話そうとした祖母を祖父が止めた。ヒロ、と僅かに聞こえたから、恐らく中川さんのことだ。

