母さんに連れてこられたのは、あの店の本当に近くの住宅地だった。見たことがあるような、ないような。ぼんやりとした記憶。その温かなものに触れようとした時、「ちょっと、待っててね」と言い残して、母が直ぐ傍の家に消えた。俺はその隣家の生け垣の前、バクバクと大きくなる心臓の音を感じている。大丈夫だ。そう言い聞かせるが、なかなか上手くはいかない。お母さん、と呼びかける母さんの声がする。ちょっと緊張しているのだろうか。その声は、僅かに上擦っていた。

「おいで」

 ひょこっと顔を出した母さんが、そう手招きする。それから、大丈夫だからね、と俺の手をそっと掴んだ。自分だって緊張してるくせに。でもその少し強張った笑顔を見て、スッと心が落ち着いた。大丈夫だ。さぁ、行こう。

「お母さん、お父さん。あの」

 俺の腕を掴む手に力が入った。スゥッと息を吸う音が聞こえて、母さんが俺の前から退く。それから、カナタだよ、と小さく震える声がした。
 俺は、どうしてか真っ直ぐ見ることが出来ずに、視線を曖昧に反らしていた。俺の名を呼ぶ声と、咽び泣く声。それが聞こえて、初めて顔を上げる。あぁ、おじいちゃんとおばあちゃんだ。

「おじいちゃん……おばあちゃん」

 そう言っただけで、おばあちゃんが駆けて来て、俺を抱き寄せる。サンダルも履かないままで。おじいちゃんは少しだけ冷静な感じで、ゆっくりと近寄り俺たちを抱きしめた。あぁ幸せだな。それを実感して、初めてここ数年の自分を褒めた。満たされる感覚。温かくなる胸。一番泣いている母さんを見て、俺は笑った。