「迷わなかった?」
「あのねぇ。俺が、ここにどれだけ来てると思ってんの」
「あ、そっか。そうだよね」
昼少し前。駅で待ち合わせた息子は、完全に呆れ顔だ。私はへへッと笑って、「このまま行っちゃう? それとも、お昼食べてからにする?」と、いつも通りに話しかける。昨日のことは、もうすっかり、とはいかない。何とか顔に出さないように心がけているが、カナタは訝しむように私を見た。
「母さん、とりあえず飯食わない? ちょっと話して、落ち着いてから行きたい。大丈夫かな」
「ん、あぁ大丈夫。お昼はいらないよって言っては来たから」
「じゃあ……あ、こっち」
カナタに道案内される自分の地元。何だか変な感じがするな。二人並んで歩く道。もう繋がなくても良くなった大きな手。私よりも随分高くなった背。どれもこれも、共に過ごせなかった時間を思わせる。そんなことを考える私をよそに、カナタはあれこれとよく喋った。母の様子が少し変だと気付いたのだろうか。
「母さん、ここ」
「へぇ。家の近くにこんなお店あったんだ。よく知ってるね」
「中川さんと来たんだよ、前に。あ、ほら。俺の誕生日の日」
「あ……そうなんだ」
誕生日の日。宏海と来た。記憶を何とか引っ張り出す。海辺で見たSNS。あぁ、あれだ。確かステーキが写されていた。そうか。あの時にはもうこんな近くまで、彼は来ていたのか。
店に入って、すぐ席に通される。知った顔はいなそうだ。カナタはメニューをテーブルの真ん中に置いて、美味しそうでしょ、と言う。きっと宏海が見つけた店だろうに、まるで自分の手柄のようだ。そんな息子を微笑ましく見守って、私はペンネのランチに決める。ジェノベーゼのパスタも捨てがたかったが、今日はゴルゴンゾーラの気分だった。カナタはちょっとだけ悩んで、前と同じステーキランチ。それから、食後にコーヒーを付けた。もうこんな風に食事をしても、二人共泣くことはない。
「あのねぇ。俺が、ここにどれだけ来てると思ってんの」
「あ、そっか。そうだよね」
昼少し前。駅で待ち合わせた息子は、完全に呆れ顔だ。私はへへッと笑って、「このまま行っちゃう? それとも、お昼食べてからにする?」と、いつも通りに話しかける。昨日のことは、もうすっかり、とはいかない。何とか顔に出さないように心がけているが、カナタは訝しむように私を見た。
「母さん、とりあえず飯食わない? ちょっと話して、落ち着いてから行きたい。大丈夫かな」
「ん、あぁ大丈夫。お昼はいらないよって言っては来たから」
「じゃあ……あ、こっち」
カナタに道案内される自分の地元。何だか変な感じがするな。二人並んで歩く道。もう繋がなくても良くなった大きな手。私よりも随分高くなった背。どれもこれも、共に過ごせなかった時間を思わせる。そんなことを考える私をよそに、カナタはあれこれとよく喋った。母の様子が少し変だと気付いたのだろうか。
「母さん、ここ」
「へぇ。家の近くにこんなお店あったんだ。よく知ってるね」
「中川さんと来たんだよ、前に。あ、ほら。俺の誕生日の日」
「あ……そうなんだ」
誕生日の日。宏海と来た。記憶を何とか引っ張り出す。海辺で見たSNS。あぁ、あれだ。確かステーキが写されていた。そうか。あの時にはもうこんな近くまで、彼は来ていたのか。
店に入って、すぐ席に通される。知った顔はいなそうだ。カナタはメニューをテーブルの真ん中に置いて、美味しそうでしょ、と言う。きっと宏海が見つけた店だろうに、まるで自分の手柄のようだ。そんな息子を微笑ましく見守って、私はペンネのランチに決める。ジェノベーゼのパスタも捨てがたかったが、今日はゴルゴンゾーラの気分だった。カナタはちょっとだけ悩んで、前と同じステーキランチ。それから、食後にコーヒーを付けた。もうこんな風に食事をしても、二人共泣くことはない。

