「あれ、松村さん。こんばんは、いらっしゃい。今日は、どうしたの」
「あぁ、すみません。アカリが、どうしても斎藤さんのカレーを食べたいってきかなくて」
「へへへ。こんばんは。一昨日はご協力いただいて、ありがとうございました」

 松村……? ということは、あの子はまぁくんの。

 気付いていないふりをして、聞き耳を立てる。水を入れたコップを二つ用意して、カウンターを離れるまぁくん。彼女たちは、真ん中あたりの四人掛けのテーブル席に座ったようだ。後ろを向いてみるわけにはいかないけど、まぁ憶測でも大体合っているはず。


「いらっしゃい。アカリちゃんは、カレーでいい? 松村さんはどうする? 材料があれば、なんでもいいよ。メニューに載ってなくても」

 へぇ、まぁくんが『アカリちゃん』だって。珍しいな。彼の言葉に聞き耳を立てて、プリンを一口。笑ったりしたらいけない。

「あ、えっと……お土産です」
「箱根に行ったんだ。ありがとう」
「カレーを二つお願いします」
「はい。じゃあ、ちょっと待っててね」

 カウンターに戻ってきたまぁくんと目が合う。意味ありげな顔をしたからか、すごく睨まれたけど。まぁ気にしていない。後ろの二人は楽しそうだ。小さな声でキャッキャと話をしている。

「まぁくん、まぁくん」
「なんだよ」
「アレかけて。クリスマスだから」
「今日何回聴いたと思ってんだよ」
「いいじゃん。ここでしか聴けないんだもん」
「……しょうがねぇな」

 いつもよりも嫌そうに見えたが、彼は慣れた手つきでレコードを変える。幼い頃からここで聴いていたBing Crosby & The Andrews Sistersの『Jingle Bells』。これをここで聴いてようやく、クリスマスだと実感する。ここに来られなかった時も一人聴いたりしたけれど、やっぱりレコードとこの店の雰囲気がないと同じようには思わなかった。僕の大切な思い出の曲だ。

 とても陽気な曲。思わず鼻歌が出そうになって、両手で押さえ込んで、一人でちょっと笑った。昔から、この楽しい曲が好きだった。赤鼻のトナカイもあわてんぼうのサンタクロースも好きだったけれど。思い出深いのは、こっちの方だと思う。僕が思い出に浸っているうちに、カレーが出来たのだろう。銀色のトレーに皿を乗せて、まぁくんがカウンターを出て行く。子供の頃は零さないようにって、フラフラ慎重に歩いていたけれど、なかなか様になってきたな、なんて偉そうに思った。