「いいんですよ。仕事の話さえしてしまえば、問題はないですから。話してスッキリするようなことがあるなら、おしゃってくださいね。まぁ……私でお役に立てればいいですけど」

 今の俺の気持ちは、担当者としての顔が徐々に小さくなっている。最近はここに来る感情の半分以上が、中野カナコの息子だった。仕事はきちんと線引きしているけれども、今彼が抱えている最大のミッションがプロポーズなのだ。こういった感情を持ってしまうのは致し方ない、と自分勝手に納得している。

「あまり……佐々木くんにばかり零してしまって、情けないんだけどね。その……妻が、玉子焼きの練習をしてるんだ」
「え? 玉子焼き、ですか」

 目の前が暗くなった。あぁ……彼の悩みは全て、俺のせいだ。


「うん。あの人ね、本当に料理音痴で。それなのに、僕に教えて欲しいって頼んできて。毎晩練習してるんだよ」
「毎晩、ですか」
「そう。ようやく卵が上手く割れるようになったけど、焼くのは難しいみたいで。毎日焦がしてる。それでも、めげないんだよね。毎日毎日、仕事で疲れてるだろうに。今日もお願いします、って。頑張ってるの。どうしたの、誰のために練習してるのって思っちゃってもさ……聞けないじゃん」

 また中川さんが下を向く。もうすぐ腕時計のラッピングも仕上がるところだったのに。それの手が止まってしまったのは、そういったことだったのか。あぁどうしよう。二人には幸せになって欲しいから、出来ればプロポーズは成功させたいと思って来た。それなのに、それを邪魔している最大要因が自分だったとは。