「カナちゃん、ごめん。来ちゃって。よく考えたら、昼休みには携帯見られるだろうに、早く教えてあげなくちゃって思っちゃって」
「いいよ、いいよ。本当に良かったね。知らせてくれて、ありがとう」

 ようやく落ち着くと、背中の方からヒソヒソと小声が聞こえてくることに気付く。振り向けば、院内の若い子たちが影からこっそり見ているではないか。しかも、その輪に暁子もシレッと混じっている。わざとらしく、大きな溜息を吐いた。

「見世物じゃないわよ」
「分かってるって。ねぇ。みんな気になっただけじゃない。カナコはあまり家の話もしないから」
「はいはい。皆さん、紹介しますね。えっと、夫です」
「えっ……あ、つ、妻がいつもお世話になっております」

 宏海に悪いなぁと思いつつ、こうしないとその場が収まりそうになかった。全て、暁子のせいだ。周りを諌めるはずなのに、今日の彼女は輪に入って楽しんでいる。それが本当に腹立たしい。

「カナコ先生の旦那さんってことは、お料理上手な方ですね。いつもお弁当が美味しそうだなって、みんなで眺めてるんですよ」
「あ、そっ、そうですか。お恥ずかしいです」

 近づいてきた若い子にそう言われて、怖気づく宏海。暁子をキッと睨むと、ニヤニヤしながら寄って来た。こんな宏海くん見るのも新鮮ね、って。

 確かに、見たことはない場面ではあるけれど。ムスッとしたまま、チラリと宏海に目をやる。女の子たちにキャイキャイ騒がれても、鼻の下を伸ばしたりしてもしない。ただただ、オドオドしているだけだ。目を合わせた宏海に、ごめん、と拝み倒した。彼は困った顔のまま、うんうん頷いて見せる。それが本当に申し訳なくて仕方ないのに、暁子の言わんとしていることが分かってしまう。だって、ただただ……何故か愛しかったから。