「……僕とカナちゃん、妻はね。その……籍を入れていなくて。それから……恋愛関係でもないんだ」

 きっと、俺になど言うつもりがなかったのだろう。自分で口にした後で、ひどく動揺しているのが見て取れる。さて、どうするか。

「え? そうなんですか」
「え? そうなんですか」
「あぁ……うん。僕は好きなんだけどね。彼女は違うと思う。あの人はずっと、僕のことを弟みたいな奴としか思っていない。それをちょっと思い悩んじゃってさ」

 気付けば、顎を揉んでいた。だってこの二人、単純にすれ違っているのだ。互いに、考え過ぎて。いい大人が、こんなにも相手の慕情に鈍感で、勝手に不安になっては下を向いている。それは、向こう側にいる母さんも、だ。

 真ん中にいる人間は、ただ日々気を揉んでいる。こんなことになってしまうのは、大人だからだろうか。

「私は、お二人が一緒にいらっしゃるのを見たことがないですけれど……中野さんは、中川さんをしっかり見ていらっしゃると思います。感情的にどうなのか、というのは分からないので別として。池内さんもですけど、田所さんや五十嵐さんとのお話されるのを見ていて、そう感じますよ」

 母さん、これでいいだろうか。悪印象は与えていないと思う。再会して息子をやり直しているが、まさか親の恋愛の後押しをすることになろうとは思わなかった。それは友人の背を押すよりも、一言一言の責任が重たい。

「そう、だといいな」
「そうですよ。だっていつも嬉しそうに話してますよ」
「うぅん、そうかぁ。それなら……嬉しいけど」
「そんなに……何か引っかかることがあるんですか」
「あぁ、うん。こんなことを零すのは恥ずかしいんだけれどね。カナちゃん、何だか毎晩、携帯を大事そうに見てるんだよね。嬉しそうに。それってさぁ……やっぱり男の人かなぁって、思っちゃって」
「あ……あぁ」

 中川さん。ごめんなさい。きっと、それは俺です。息子が母に連絡を入れているだけのことです。そう言いたいところを必死に我慢して、俺は答えに悩んでいる。