俺の周りには、碌な大人がいなかった。本当の両親と暮らした幼い頃は、狭い部屋でくっついて寝るような生活でも、あんなに幸せだったのに。それが崩壊し、祖父母の家へ越したのが、最悪な人生のスタートだった。
厳格と言えば聞こえが良いが、ただのワンマンな男でしかない祖父。淑女には程遠い、女の嫌な部分を煮詰めたような祖母。そんな両親に育てられた一人息子である父は、そんな祖父母の前では言いたいことも言えない。優しかった影もなくなって、俺には厳しく当たるようになった。ママに会いたい、と俺が泣けば、大抵は祖父母の手が飛んでくることなど日常茶飯。あんな女のことは忘れなさい、と何度言われたことだろう。そんな生活を送る中で、俺の心は次第に壊れていった。
全てを諦めたのだ。そこで生きるしかなかったから。極め付きは、急に現れた新しい母親という女。そもそもの相性も悪かったと思う。こちらのことなど一切知ろうともせず、初めから《《母親気取り》》。それを『ママ』と呼ばなければならない生活。やたらと甘い卵焼きが入った弁当を、食べなくてはいけなかった学生時代。本心から笑うこと無く、ありがとう、と受け取っていた幼き自分を褒めてやりたい。今でもそう思っている。
「玉子焼き……」
「ん? 玉子焼き?」
「あっ、すいません。そ、そうだ。中川さんお弁当作るって言ってましたよね」
「うんうん。言ったね」
「玉子焼きってどんな味付けにしてますか」
「うぅん、そうだなぁ。別のおかずとの相性で決めるかなぁ。メインのおかずとのね、バランス。僕はそうしてるけど、佐々木くんのお宅はどうだった?」
「え……あぁ、えぇと。長らく《《食べさせられてきた》》ものは、やたら甘かったですね。母が作っていたのは……何味だったんだろう?」
あの、いつも焦げた不格好な玉子焼き。料理が得意でない母さんが、台所で懸命に作ってくれたあの玉子焼き。美味しくもないし、殻も入っていたりした。けれどそれは、確かに心を満たしてくれたのだ。今も一番食べたいと思うけれど、母さんは忘れたかな。
厳格と言えば聞こえが良いが、ただのワンマンな男でしかない祖父。淑女には程遠い、女の嫌な部分を煮詰めたような祖母。そんな両親に育てられた一人息子である父は、そんな祖父母の前では言いたいことも言えない。優しかった影もなくなって、俺には厳しく当たるようになった。ママに会いたい、と俺が泣けば、大抵は祖父母の手が飛んでくることなど日常茶飯。あんな女のことは忘れなさい、と何度言われたことだろう。そんな生活を送る中で、俺の心は次第に壊れていった。
全てを諦めたのだ。そこで生きるしかなかったから。極め付きは、急に現れた新しい母親という女。そもそもの相性も悪かったと思う。こちらのことなど一切知ろうともせず、初めから《《母親気取り》》。それを『ママ』と呼ばなければならない生活。やたらと甘い卵焼きが入った弁当を、食べなくてはいけなかった学生時代。本心から笑うこと無く、ありがとう、と受け取っていた幼き自分を褒めてやりたい。今でもそう思っている。
「玉子焼き……」
「ん? 玉子焼き?」
「あっ、すいません。そ、そうだ。中川さんお弁当作るって言ってましたよね」
「うんうん。言ったね」
「玉子焼きってどんな味付けにしてますか」
「うぅん、そうだなぁ。別のおかずとの相性で決めるかなぁ。メインのおかずとのね、バランス。僕はそうしてるけど、佐々木くんのお宅はどうだった?」
「え……あぁ、えぇと。長らく《《食べさせられてきた》》ものは、やたら甘かったですね。母が作っていたのは……何味だったんだろう?」
あの、いつも焦げた不格好な玉子焼き。料理が得意でない母さんが、台所で懸命に作ってくれたあの玉子焼き。美味しくもないし、殻も入っていたりした。けれどそれは、確かに心を満たしてくれたのだ。今も一番食べたいと思うけれど、母さんは忘れたかな。

