「でも、宏海でしょう。だから、みんなに優しいと思うのよ。あの子は、誰にでもそういう気配りが出来る子だから。その優しさは、私だけに向けられてるわけじゃないの。昨日だってね。バツイチだって、言ったんだ、初めて。流石に驚いてたけど、探るようなことは何も聞いてこなかったし。それに一緒になって怒ってくれた。普通に優しい子なのよ」
「あ、言ったんだ。へぇ。珍しい。言わなかったと思った」
「まぁね。誰かに話聞いてもらいたかったし。当然、飲まなきゃやってられなかったしね」
「ふんふん。でもさ、その優しさが他の誰かに向けられていてたとしたら、モヤモヤしたりしない? 自分にだけ優しければいいのにって」

 えぇないよ、と首を振った。だって、宏海は誰にだって優しいもの。それにそんなことを思い始めてしまったら、もうこの生活は終わり。苦しくて仕方なくなるのは、目に見えている。

「私はね、宏海にはいつだって幸せでいて欲しいと思ってる。もしも彼が想う人と結ばれるようなことがあるなら、即座にこの関係は解消するつもりだし」
「それは、カナコも同じよね」
「いやぁ……同じだけど。私はそういうのはもういいから。そういう幸せに、手を伸ばすつもりは二度とない。絶対に」

 手酌でクイッと酒を流し込んだ。大きな幸せに手を伸ばすつもりはない。戒めのように、自分で決めたことだ。二度と結婚はしない。宏海との穏やかな生活が、カナコが今望めるささやかな幸せだ。それ以上は、求めることはない。