「えぇ……大事な、大事な息子の誕生日なんです。あ……ごめんなさい。聞かなかったことにしてください」
その人はまた項垂れる。誰にも言っていないのだろうか。それでも彼女の中で、息子がいる事実をなかったことにしてはいない。俺の誕生日をずっとこうして覚えていてくれた。それだけで少しだけ何かに期待してしまう。けれど。心の中で、俺を捨てたこの女に期待するな、と悪魔が囁く。分かってる。分かっている。でもきっと、これは最初で最後のチャンスなのだ。
「会いに行ったり、お祝いをしたりしないんですか」
「そうです、ね……私はもう、会えないんです」
「……会いたくは、ないんですか」
この人の本音を知りたかった。今、誰でもない人間に零す本音。それを知りたかった。会いたいですよ、と即座に彼女が言う力強い声。両手を固く握って、下唇を噛んで。
「そりゃ……会いたいです。大事な大事な、本当に大事な息子です。会えるのならば、今すぐに会って抱きしめたい」
「それなら、会いに行ったらいいじゃないですか」
「そういうわけには、いかないんです。法律やら色々なことがあって、私は会うことが叶わない。こうして一人で祝うくらいしか出来ないんです。あの子の誕生日をこうして、あの子が好きだった海で」
俺は今日、二十五になった。上京してからはもう、誰からも祝われないこの日。何も特別なことなどないこの日。きっと俺の誕生日など、皆忘れただろうと思っていたのに。この人はここにいる。ここは小さい時に両親と来た海。多分、数回のことだけれど、彼女は忘れたりしていなかった。それならば……どうして。
その人はまた項垂れる。誰にも言っていないのだろうか。それでも彼女の中で、息子がいる事実をなかったことにしてはいない。俺の誕生日をずっとこうして覚えていてくれた。それだけで少しだけ何かに期待してしまう。けれど。心の中で、俺を捨てたこの女に期待するな、と悪魔が囁く。分かってる。分かっている。でもきっと、これは最初で最後のチャンスなのだ。
「会いに行ったり、お祝いをしたりしないんですか」
「そうです、ね……私はもう、会えないんです」
「……会いたくは、ないんですか」
この人の本音を知りたかった。今、誰でもない人間に零す本音。それを知りたかった。会いたいですよ、と即座に彼女が言う力強い声。両手を固く握って、下唇を噛んで。
「そりゃ……会いたいです。大事な大事な、本当に大事な息子です。会えるのならば、今すぐに会って抱きしめたい」
「それなら、会いに行ったらいいじゃないですか」
「そういうわけには、いかないんです。法律やら色々なことがあって、私は会うことが叶わない。こうして一人で祝うくらいしか出来ないんです。あの子の誕生日をこうして、あの子が好きだった海で」
俺は今日、二十五になった。上京してからはもう、誰からも祝われないこの日。何も特別なことなどないこの日。きっと俺の誕生日など、皆忘れただろうと思っていたのに。この人はここにいる。ここは小さい時に両親と来た海。多分、数回のことだけれど、彼女は忘れたりしていなかった。それならば……どうして。

