「カナコ、あのさ。確かに、これは最悪な事故だったと思うんだけど。私ね、カナコが緊急招集だなんて言うから、ついに宏海くんと何かがあったのかと思ったのよね」
「何かって……何もないわよ」

 萎んだ心が、一気に白けた。今の生活を始める時、私たちは互いに一人ずつ全てを明かしてある。私は暁子に。宏海は匡に。互いにそういう感情は持たぬと、暁子は知っているはずだ。一体、何を言っているのか。

「何もないって。そう言うけど、カナコは宏海くんのこと好きでしょう」

 は? と強めに言い返した。当然だ。そういう感情を一ミリだって持ったことはない。だから、当然だと言わんばかりの暁子に呆れた。

「あれ? まだ実感はないのか」
「だから、何言ってんのよ」
「んー、だって。カナコ、気付いてる? あなた最近、本当に嬉しそうな顔してお弁当食べてるの。宏海くんの話を振れば、幸せそうに笑ってさ。今更恋っていうのもあれだけど、それに近しい感情があるのかなって思うじゃない。もう一緒に住み始めて三年だし」
「何、近しい感情って……」
「そうねぇ、ときめきとか?」
「ときめき……」

 顎を揉む。宏海にときめいたことなどあったか。

 思い出そうと視線を上げるが、そういうことは思いつかない。褒めてもらえて嬉しいだとか。寄り添ってもらえて安心するとか。そういう感情はあるが、多分暁子が言うのとは違う気がする。