だって、そう決めたのは私

 平日の昼下がり。焼き鳥の匂い。片手にはジョッキ。女二人、カウンターに並んでいる。明るいうちから飲む酒の背徳感。それが大人の醍醐味ではあるが、今日はそれを味わう為にここに来たわけではない。当然、あの話を友人にする為である。

「で、何なの。これ」
「まぁ、察しているんでしょうけれども……元夫とその浮気相手ですね」
「へぇ……」
 
 酷く低い声だった。

 そう唸る大塚(おおつか)暁子(あきこ)は、親友であり雇い主である。離婚をし、川崎の実家に戻って再就職した先が、暁子の父親がやっていた動物病院だった。今ではそこを継ぎ、彼女が院長として切り盛りしている。私とって、唯一甘えられる存在。情けない部分を曝け出しても、笑ったりしない。一緒に泣いて、一緒に笑って、時に怒られて。友人でもあり、上司でもあり、姉のような、今や家族のような人だ。

「何が憧れのインフルエンサーの私生活だよ。よく堂々としていられるもんだな。どうせ大半の人が過去なんて知らねぇから、バレなきゃいいって?」
「まぁそんなところでしょ。下手したら、私のこと忘れてるかもよ? まぁもう二十年経ってるし、今更何も言うつもりもないけど。ただすっかり忘れてた顔が、急に出てきた私の気持ち分かる? しかも、二度と見たくない顔」

 私にとって、気持ちを無理矢理に押し込め続けた二十年だった。あの時、何も出来なかった自分。悔やんでも悔やみきれない。一端の大人だ、と思われたとしても、三十路なぞ、まだまだ何も知らない小娘だったのだ。

 世の中には、汚いことを平気でする人間が存在する。そんなことくらい知ってはいたが、自分と関係のない話だと思っていた。平和な生活が急転直下。なんて私は無知なんだと思わざるを得なかった。そんな人たちと対峙する力など、当時の私にはない。両親は一緒に戦ってくれたが、何もかもあいつらに及ばなかった。この写真の中で微笑む女に、私は全てを奪われたのだ。

 今だって、一瞬たりとも忘れていない。あの時の苦しみ。あの女がニィっと、影でほくそ笑んだこと。口角を片方だけ釣り上げた唇の若々しい桜色さえ、今もまざまざと瞼に浮かんだ。夫だったあの男には、未練など一ミリもない。それでも、これだけこの記事が面白くないのは、当時のこと全てを思い出してしまうからだろう。大きな口を開け、焼き鳥に齧りつく。酒を勢いよく煽ったが、結局、心はむしゃくしゃしたままだ。