◯早乙女の家、瑠偉の部屋(夜)

  瑠偉、畳に片膝を抱えて座っている。
  うなだれていて、表情は暗い。


 《回想・瑠偉》

・「まっ、せいぜい《家出》を楽しんで。また会いに来るよ」そう言って去った蓮。
・神社境内の階段を軽々と降りていった蓮は、その先の小道に消えた。

 《回想終了》 


  「瑠偉……いる?」
  ふすまの向こうから声がして、

雛鳥(ひな)「入っていい?」
瑠偉「………」
雛鳥(ひな)「入るね」

  す、とふすまが開いて、
  豆皿を二つ持った雛鳥が遠慮がちに顔をのぞかせる。
  瑠偉、肩を落として無言のまま。
  雛鳥、瑠偉の隣に並んで三角座り。

雛鳥(ひな)「あの、ね。葛餅の新作、作ってみたんだけど……瑠偉に最初に食べてもらおうと思って」
瑠偉「…………」
雛鳥(ひな)「でね、ふたつ作ったんだ」

  瑠偉、心ここにあらずのよう。
  雛鳥、豆皿を畳の上に置いて、
  ちょっと心配そうに覗き込む。

瑠偉「……何も聞けなかった」
雛鳥(ひな)「(小さくうなづいて)うん」
瑠偉「奴は俺の事」
雛鳥(ひな)「うん。記憶なくす前の瑠偉のこと、よく知ってそうだったね」
雛鳥(ひな)「(沈んでる瑠偉を励ましたくて)あの人、こんなことも言ってたよ? そこにいるお兄さんはオトナの女の人にモテてモテて仕方ないって。JKがうかつに近寄ったら泣かされるって」

  瑠偉、さすがに聞き入れて、
  横目でちらっと雛鳥を見る。

雛鳥(ひな)「ねね、元気出た?」
瑠偉「(少し微笑って)出るか。余計沈むよ」
雛鳥(ひな)「ふふ。瑠偉、いっぱい褒められてたもんね」
瑠偉「どこが」

雛鳥(ひな)M「(ほっとした風に)やっと笑った」

  瑠偉、畳に置かれた豆皿の一つを取り上げて、
  手のひらに乗せる。
  「ん?」と皿に乗った菓子をじっと見て、
  畳に置かれたもう一つの豆皿のと見比べて、

瑠偉「新作、二種類?」
雛鳥(ひな)「あ、うん」

  雛鳥がもう一方を取り上げる。
  瑠偉のは飾り気のないつるんとした葛餅、
  中にこし餡が入っている。
  雛鳥の方は、
  細かくきざんだ琥珀を表面に飾りつけた葛餅で、
  中の餡はほとんど見えない。

雛鳥(ひな)「(期待いっぱいに瑠偉を見上げて)どっちが好き?」
瑠偉「(真剣に見比べて)そっちは華美な外見のせいで本質が見えない。俺はこっち派だな」

  瑠偉、自分の手の上の豆皿に乗った、
  こし餡が透けて見えるほうに目を細める。

瑠偉「表面が美しく艶やかで、透明な葛が中の上質な餡の紅色を引き立ててる」
瑠偉M「(頬を緩めて)ひなにちょっと似ている」

  瑠偉、愛おしそうに葛餅を眺める。

雛鳥(ひな)「本質……(難解そうな顔で)ふむふむ……んんっ?!」
雛鳥M「今、また難しいこと言ったよね?」
雛鳥「あはは……よくわかんなかったけど、瑠偉はシンプルなのが好きって事はわかった!」

  瑠偉、きょとんと雛鳥を見る。

雛鳥(ひな)「じゃあ、そっちをあげる。ゆっくり食べて、よく寝てね」
雛鳥(ひな)「今日はさ、私もなんか取り乱しちゃって……瑠偉のこと責めたりして、ごめんね」
雛鳥(ひな)「嬉しかったよ……っ、瑠偉がいらない子じゃないって言ってくれて」

  雛鳥、豆皿を手に取って、
  
雛鳥(ひな)「私も食べようかな」
雛鳥(ひな)「(ぶつぶつ独り言)寝る前に甘い物たべたらふとるかな……」

  雛鳥、立ち上がろうとするのを、
  瑠偉、雛鳥の腕を捕えてぐい、と引き寄せて、
  雛鳥の頬にキス。
  
雛鳥(ひな)「なっ……?!」
雛鳥(ひな)「(戸惑って)だから、挨拶のはいらないって……」

  瑠偉、雛鳥の後頭部を手のひらで引き寄せて、
  雛鳥の額に自分の額をくっつけて、

瑠偉「挨拶のじゃない、おやすみのキスだ」

  ※目を閉じた瑠偉の幸せそうな顔




○ふすまを隔てた瑠偉の部屋のすぐ外、廊下

  雛鳥、瑠偉の部屋のふすまにもたれて、

雛鳥(ひな)「挨拶のじゃない、おやすみのキス……」

  キスの余韻と熱っぽい瑠偉の眼差しを思い出し、
  顔からぼっ! と火を噴く。
  同時に瑠偉の「ひなは眠いだろう? もう22時過ぎてる」
  なんてあやすように言われたことを思い出し。

雛鳥「もう眠いって、うぐぐ……なんかお子様扱いされた気がっ」

雛鳥(ひな)M「(豆皿の菓子を顔の高さに持ってきて)この葛餅は……そうだね」
雛鳥(ひな)「(瑠偉の言葉を繰り返して)『綺麗な外見に惑わされて、その本質はよく見えない』」

   ×  ×  ×

  ・出会った日の瑠偉、スーツ姿で雨の中佇んでいるカッコいい瑠偉
  ・ぼさぼさ頭にケモミミ、しっぽぶんぶんで嬉しそうにご飯を食べる可愛い瑠偉

   ×  ×  ×

  雛鳥、くすっと笑う。

雛鳥(ひな)「瑠偉にちょっと似てるかも?」

  ※華やかなほうの葛餅のアップ

  ※ラスト、空になった豆皿の横で「くかー」
  思い切り寝相悪く眠る瑠偉の図




◯駅前のファストフード店、夕刻

  雛鳥、さやかと一緒に期末試験勉強中。

さやか「お店、手伝わんくて良かったの?」
雛鳥(ひな)「(ノートに何か書きながら)うん。ストック余分に作っといたし、期末、近いし。接客も瑠偉が手伝ってくれてるから……さ」
さやか「そっか。瑠偉さんも居候の食費とか生活費とか、色々気にしてるんだろうね」
雛鳥(ひな)「お店の売り上げ、先月の倍以上だもん。もうじゅうぶんモト取ってくれてるよっ」
さやか「瑠偉さん。やたら和菓子のことに詳しいんでしょ?」
雛鳥(ひな)「(書く手を止めて)そうなんだよね……」

  ×  ×  ×

 ・和菓子の種類や仕込みの仕方、作り方なんかをお客さんにやたら詳しく説明する瑠偉の様子

  ×  ×  ×

  同時に瑠偉の事を知る黒づくめの男を思い出し、
  はっと周囲を見渡した。

雛鳥(ひな)M「あの人……見てたりしない……よね?」
さやか「ん? まさか雛鳥、《例の男》のこと気にしてる?」

  さやかも連られて警戒する。

雛鳥(ひな)「結局ね、つけられてたの一度だけなんだけど……瑠偉はすごく気にしてて」
さやか「そりゃあ、自分の事を知ってる人だからね」
雛鳥(ひな)「でも、すっごく変な奴でっ! 瑠偉の事話すのもなんか嫌味っぽくてさ」
さやか「仲悪いのかな」
雛鳥(ひな)「言ってる事もよくわかんなくて。瑠偉のこと『大学も仕事もサボってる《ナントカぞうし》だ』……って。ん、えと《枕草子》だっけ……?!」

  雛鳥、「忘れた。よくわかんない」と舌を出す。

さやか「いやいやいや、それ『御曹司』じゃないのっ?」
雛鳥(ひな)「そう! そんな感じのこと言ってた」

  さやか、ぐ、と寄って雛鳥の顔を見るが、
  雛鳥、目を丸くしてきょとんと首をかしげる。

さやか「……ひなっ、そこ、もっと驚くとこだよ?!」
雛鳥(ひな)「へっ?」

  さやか、「あちゃーっ」と言いたげにうなだれて、

さやかM「(コミカルに泣いて)相変わらずの天然や〜……ぜんぜんわかってないわ」

  さやか、居住まいを正して、

さやか「御曹司っていうのはね……」

  さやかがスマホをググって、
  ふたり頭を突き合わせて、

「現代では歴史のある家系、権力のある一族や非常に富裕な一家など当主の息子を広く指す言葉……」

  ぶつぶつ読み上げていたが、

さやか「……ねっ? つまりは『大金持ちの息子』ってこと!」
雛鳥(ひな)「おお、がね、もち……」

  雛鳥、まだよくわかっていない様子。




◯雛鳥の家、厨房(夜)

  雛鳥、大鍋で小豆を煮ている。
  時々煮る加減を見ながら、
  練り切りの練習の準備をする。

  廊下を通りがかった瑠偉。
  ちら、と見て一旦通り過ぎようとするが、
  思い直して厨房に入る。

瑠偉「ひな。美咲さんたち先に休むって」
瑠偉「(雛鳥の手元を覗いて)仕込みまだ終わらないの?」
ひな「る、瑠偉っ……見てたの?」

  瑠偉、雛鳥の手元を見て、

瑠偉「練り切りの練習?」
雛鳥(ひな)「ん。秋の和菓子コンクールに出してみよっかな……なんてっ、思ってて」
雛鳥(ひな)「私ね、捨て子の養女だって話したでしょ? 両親は大学に進学していいって言ってくれるんだけど、高校卒業したら製菓学校に通いたいの」

  雛鳥、遠い目をして、

雛鳥(ひな)「恩返ししたいんだ……お店もいつか大きくして。今だって私のことが心配で、ちょっと無理して女子校に通わせてくれてるの知ってるし」

  「そっか」と言う代わりに、
  瑠偉、ふっと微笑む。

瑠偉「ひなの練り切りは常連さんにも好評だからね」
雛鳥(ひな)「(恥ずかしそうに)お父さんのに比べたら私のなんてまだまだなんけどっ。最近あんまり練習できなくてさ。下ごしらえあるし、期末(試験)も近いしっ」
雛鳥(ひな)「そだ、瑠偉は大学生なんでしょ? 高校の時、数学って得意だった? わかんないとこあって……って覚えてないか(最後は一人っぽくつぶやく)」

  「ひな」と頭の上から瑠偉の声。
  「へ?」と見上げれば、
   瑠偉が鍋(小豆を煮ている)を注視している。

雛鳥(ひな)M「瑠偉は《御曹司》」
雛鳥(ひな)M「あの雷の日がなければ、瑠偉みたいな雲の上の人と巡り会う機会も、こんなふうに親しく話すこともきっとなかった」

  雛鳥が瑠偉のキリっとした眼差しと、
  翼のようなまつ毛に見惚れていると。

瑠偉「……小豆、煮すぎてないか?」
雛鳥(ひな)「わっ、ほんとだ、やばいっっ」

   雛鳥、慌てて鍋の世話。

瑠偉M「小豆を煮る匂い。俺はこの熱と匂いをよく知っている……」

  ×  ×  ×

  幼い頃(6)の瑠偉。
  初老の男性(瑠偉の祖父)と、
  瑠偉の屋敷の古風な厨房で小豆を煮ている。
  笑顔の瑠偉と祖父、とても楽しそうで幸せそう。

瑠偉の祖父「指で潰してごらん」

  祖父、指の上に木しゃもじで取り上げた、
  一粒の小豆を差し出す。
  瑠偉、おそるおそる触ってみるけれど、

瑠偉「……熱っ」
祖父「ははっ、そのうち慣れる。いいか、瑠偉。この匂いと硬さをよく覚えておけ。硬すぎても煮すぎてもいけない。ほ~ら、いい塩梅に煮えたぞ」
瑠偉「わぁ……っ!」

  幼い瑠偉、艶やかに煮上がった小豆を、
  目を輝かせて見ている。

  ×  ×  ×

  瑠偉、はっと顔をあげて、

瑠偉M「小豆の匂いに呼ばれたのか……遠い記憶の断片が、俺の脳裏をかすめた」




〇台所、夜遅い時間

  食卓には雛鳥の勉強道具。
  瑠偉が雛鳥に数学を教えている。

雛鳥(ひな)「……ふむふむ、頭いいっ、そうなるのかっ。(大きく伸びをして)ふぁ~っ、やっと謎が解けたぁ」
雛鳥(ひな)「(眠たそう)瑠偉のお陰だよぉ……っ」

  そんな雛鳥を、
  瑠偉、可愛いなあって見ている。

雛鳥(ひな)「でも瑠偉って本当、和菓子に詳しいよね。お饅頭の種類とか材料まで知ってるし? おまけに小豆煮るタイミングまでっ」
雛鳥(ひな)「(首を傾げて)和菓子屋でバイトしてた……とか?」
雛鳥(ひな)M「なんて、お金持ちがバイトなんかしないか」

瑠偉「(ボソリと)和菓子屋、なのかも知れない」
雛鳥(ひな)「え?」
瑠偉「断片的だが思い出したんだ。俺の爺さんが小豆の煮方を教えてくれた。あと、菊の花の意匠」 

  瑠偉、計算用紙に絵を描いてみる。
  左利き。

雛鳥(ひな)「これって……」
雛鳥(ひな)「『菊屋』のじゃないかな? シンボルロゴ、包装紙とかにも印刷されてるよ」

  雛鳥、「ほらここ」と瑠偉の絵に描かれた、
  丸っこい花びらを差し示す。

雛鳥(ひな)「花びらの形に特徴があるの。駅前にもお店あるから、今度行ってみようよっ」
瑠偉「菊、屋……?」
雛鳥(ひな)「覚えてないかな。国内だけじゃなく海外にも出店してる和菓子ブランドで、業界を代表する老舗だよ」

  ×  ×  ×

  瑠偉、フラッシュバック。

 ・『菊屋』の大看板、立派な老舗の佇まい。
  スーツ姿の瑠偉が黒塗りの車から降りると、
  黒い舞掛けをした従業員たちが揃って出迎える。

 ・父、櫂の怒鳴り顔
『円城寺家との血縁ができれば『菊屋』は後世百年は安泰。焼印は一条と円城寺家を繋ぐ《しるし》なのだぞ?!』

  ×  ×  ×

瑠偉M「『円城寺家』、《しるし》……胸の焼印」

  瑠偉、思い出そうとして険しい表情。

雛鳥(ひな)「さて、と。寝ますか」
雛鳥(ひな)「明日も朝ごはん、待ってる人がいるし……ねっ?」

  かわいくウィンクして立ち上がろうとする雛鳥。
  瑠偉、雛鳥の片手の上に自分の手を重ねて、
  テーブルに縫い留める。

瑠偉「もし記憶が戻っても」
瑠偉「ひなは俺とまた会ってくれる?」

雛鳥(ひな)「え……と」

  真剣な瑠偉の眼差しに見つめられて、
  雛鳥、戸惑う。

雛鳥(ひな)M「なんで、軽々しくそういうこと言えるの……?」
雛鳥(ひな)M「そんな顔、しないでよ」

  雛鳥の手が、する、と瑠偉の手のひらをすり抜ける。

雛鳥(ひな)「……時々、お店に遊びに来てくれないかな?」
雛鳥(ひな)「ほら、人気者の瑠偉が急にいなくなったら、常連さんたちが寂しがるでしょ?」
雛鳥(ひな)「お、お父さんとお母さんもきっと寂しがるよ」

瑠偉「…………」

  雛鳥、立ち上がって、食卓の瑠偉を肩越しに見て、
  無理やり笑顔を作る。

雛鳥(ひな)「もう寝るね。数学、教えてくれてありがとう」

雛鳥(ひな)M「瑠偉はいつまでもこの家に居るわけじゃない」
雛鳥(ひな)M「記憶が戻ったら《御曹司》に戻る」
雛鳥(ひな)M「だからもうこれ以上、近づいちゃいけない人なんだ」

  居間の奥の自室に向かおうとする雛鳥。
  背後から腕を掴まれて、

瑠偉「ひな、俺は」
瑠偉「記憶が戻っても、ひなに会いたい」

  雛鳥、瑠偉と向き合って、

雛鳥(ひな)「そういうの、もうやめよう?」

雛鳥(ひな)M「瑠偉にとってはきっと、数ある中の一つ……『期間限定』の恋愛ごっこ」
雛鳥(ひな)M「私、どんどん惨めになる」

雛鳥(ひな)「瑠偉にはきっと彼女さんがいるよ? 記憶が戻ったら、私のことなんかすぐに忘れるよ」
雛鳥(ひな)M「付き合ってもいないのに、あんなことされたら……」

  雛鳥、回想。
  抱きしめられたり、額にキスをされたり。

雛鳥(ひな)「瑠偉のこと、好きになっちゃう……よ」

  雛鳥、また笑顔を繕って、

雛鳥(ひな)M「できるだけ軽く言ったつもりだったのに」
雛鳥(ひな)M「なんでかな……泣けてくる」

  雛鳥、気付けば瑠偉の腕のなかに包まれていて。
  瑠偉、雛鳥の耳元にささやく。

瑠偉「俺はもう、ひなを好きになってる」

  雛鳥、瑠偉の胸を押し離し、

雛鳥(ひな)「(ぎゅ、と目を閉じ顔をそらせて)瑠偉はおかしいよ。だいたい私のどこがいいのか全然わかんないしっ」

瑠偉「ひなの一生懸命なところ。ご飯が美味しいところ。あと、笑った顔がかわいいところ」
瑠偉「それじゃダメかな」

雛鳥(ひな)M「——たとえこれが期間限定の恋だとしても」

雛鳥(ひな)「だめとか、そういうんじゃなくて……」

雛鳥(ひな)M「——私には贅沢すぎるよ?」

雛鳥(ひな)「もう遅いよ」
瑠偉「……?」
雛鳥(ひな)「今更、好きになるなって言われてもっ、遅いよ」
雛鳥(ひな)「(消え入りそうな声で)だってもう……瑠偉のこと好きだもん」
雛鳥(ひな)「かっこいい瑠偉も、寝起きのだらしない瑠偉もっ、大好きだもん」

雛鳥(ひな)M「言ってしまった……!」

  咄嗟にぎゅ、と目を閉じた雛鳥の唇に、
  瑠偉の唇がそっと重なる。

  驚いて目を見開く雛鳥。
  だけど口づけはふれるだけのごく軽いもので、
  すぐに離れてしまう。 

  雛鳥、しばらく呆然としている。
  瑠偉、もう一度、宝物みたいに雛鳥を抱きしめて、

瑠偉「それなら……。ひなは今日から俺の彼女だ」

雛鳥(ひな)「かのじょ……」
雛鳥(ひな)M「私が、瑠偉の《彼女》?」

雛鳥(ひな)「私でいいの……? 私、なんか……」
瑠偉「(雛鳥の言葉を遮って)俺はひながいい」

  ※瑠偉が雛鳥を抱きしめている図
   雛鳥、戸惑いながらも甘んじて目を閉じる

雛鳥(ひな)M「ねぇ、瑠偉」
雛鳥(ひな)M「誰かを好きになるって、胸が痛いんだね」

  瑠偉、雛鳥の額に「ちゅ」と「おやすみ」のキス。
  大人な落ち着きを見せる瑠偉。
  一方の雛鳥、どきどきしすぎて顔も真っ赤。


  ×  ×  ×
  
  雛鳥の部屋、
  狭い部屋のシングルベッドに横たわる雛鳥。

雛鳥(ひな)M「初キスの感触が何度も唇と頭をかすめて」

  ※キスの回想
  雛鳥の頬がまたぼっ、と火を噴く。

雛鳥(ひな)「なにこれ、幸せすぎるぅ……っ」

  犬(ケモミミ瑠偉似)のぬいぐるみを、
  むぎゅーっと抱きしめる。

雛鳥(ひな)M「その日の夜は、どきどき脈打つ心臓がうるさすぎて眠れなかった」
雛鳥(ひな)M「この時はまだ知らなかったんだ」

雛鳥(ひな)M「早くも失恋の足音が近づいてるって——」

  ×  ×  ×




◯学校からの帰り道(夕刻)

  校門を出た雛鳥とさやか。
  雛鳥、ほわほわ顔の緩みがおさまらない。

雛鳥(ひな)M「——瑠偉の、彼女」
雛鳥(ひな)M「瑠偉は、彼氏」
雛鳥(ひな)M「カノジョ、彼氏、カノジョ……」

  ※雛鳥、彼氏・彼女の響きに酔う図。

さやか「ひなってば一日中ニヤついてたよね?! さすがに呆れるわ〜」
雛鳥(ひな)「ごめん……許して、今日だけは」

さやかM「(一緒にほわほわして)明日も続くな、こりゃ」

  ※引き、雛鳥とさやかがバイバイする図

雛鳥(ひな)「ごめんさやかっ。今日、寄って帰る」
さやか「ラジャ! じゃまた明日。瑠偉さんとアツい夜を〜っ」
雛鳥(ひな)「ちょっ、さやか……?!」

  雛鳥、周囲を気にして、
  慌ててシーっと口元に指を当てて見せる。

雛鳥(ひな)M「(やっぱりほわほわして)神様にお礼を言わなきゃ……ね」

  ※引き、嬉しそうな雛鳥の後ろ姿。
   それを離れた場所から剣のある目つきで見つめる一軍女生徒A〜C。

一軍女生徒A(雑賀 志保(さいが しほ))「……ふっ」
一軍女生徒AのM「庶民の陰キャが生意気にでしゃばるから。笑っていられるのも今のうちだよ」

  女生徒A、不穏な笑みを浮かべる。




◯三津上神社、境内(夕刻)

  雛鳥、柏手を打ち、本殿に手を合わせる。

雛鳥(ひな)「(小声で)三津上神社の神様。境内で瑠偉に出会わせてくださって有難うございます……」
雛鳥(ひな)「こんな私にも、はじめて好きな人ができました」

雛鳥(ひな)M「私が瑠偉の彼女でいられるのは、瑠偉が《元の瑠偉》に戻るまでの間だけだってわかってる」

雛鳥(ひな)M「瑠偉の記憶が戻ることをもちろん願っているけれど」
雛鳥(ひな)「少しでも長く、瑠偉と一緒にいられますように」

  不穏な風にざわめく木々。
  閑静な住宅地に囲まれているからか、
  今日も神社には人気がない。

  雛鳥、鳥居をくぐり、
  山門の階段を小走りで駆け降りていたが——

学生服の男A「お姉さーん、ひとりで何願ってきたの?」
学生服の男B「(男Aに耳打ちして)ドブスだって聞いてたけど結構可愛いじゃん」
学生服の男C「じゅるッ(いやらしく口を鳴らす)」

  雛鳥、恐々と後ずさる。

学生服の男A「俺たちも神頼みしたんだよな?」
学生服の男C「そそ。可愛いJKと仲良くしたいってね」

雛鳥(ひな)「なっ!?」

  雛鳥、男たちの脇をすり抜けようとするが、

学生服の男B「おっと、逃さねぇよ!」

  腕を掴まれ、階段脇の木々の中に引きづられる。
  「やめて?!」と抵抗するが、敵うはずもなく。
  
  ドン、と突き放されれば、木肌を背中にして尻もちをついた。
  相変わらずいやらしい笑みを浮かべる学生たち。

  そのうちの一人が他の男二人に目配せをして、
  いきなり雛鳥に覆い被さる。

  「やめて……っ」雛鳥の精一杯の抵抗も虚しく、
  ブラウスのボタンが外されて。
  焼印の痕が晒される。

学生服の男A「おっ……これのコトか」
学生服の男C「見せろ、マジか?! 気味悪りぃ……!」

  心を抉られた雛鳥、ショックで涙を浮かべる。
  男Aを突き飛ばし、どうにか立ち上がろうとするけれど、

学生服の男A「必死で抵抗なんかしちゃって。めっちゃ可愛いじゃん」

  男B、Cがニヤニヤしながら見ているさなか、
  男Aが雛鳥の頬に顔を寄せてくる。

学生服の男B「(あざ)の証拠写真、撮っとけよ」

雛鳥(ひな)M「証拠写真……?!」

  恐怖で震え、声も出せない雛鳥。

雛鳥(ひな)M「雑賀(さいが)さんたちだ」

  雛鳥の眼裏に、
  遠巻きに雛鳥を嘲笑う一軍女生徒たち(ABC)が浮かぶ。

雛鳥(ひな)M「この男たちは雑賀さんたちに見せるために、私を襲った証拠写真を撮ろうとしてるんだ……!」
 
  男Cがスマホのシャッターを押した、その直後。
  (スマホを構える)手に一撃の蹴りが入る。
  宙に飛ぶスマホ。

学生服の男C「何だよ? おい……」
学生服の男B「誰だお前ッ!」

  ふたり同時に叫ぶが早いか、飛んでくる拳。
  男B、C、いとも簡単にのされてしまう。

学生服の男A「くそっ!」

  仲間がやられるのを見て、
  立ち上がったAが負けじと拳を振るうが、
  相手に当たる前に鳩尾にパンチを食らった。

  神原 蓮(かんばられん)が、
  雛鳥のそばにしゃがんで手を伸ばす。

蓮「やれやれ、世話が焼けるお嬢さんだ」

  ※引き、黒スーツの蓮(サングラス無し)が
  雛鳥の手を引いて立ち上がらせる。

  胸元を押さえながら震える雛鳥。
  蓮、馬鹿にするような乾いた笑みを浮かべながら、

蓮「そこの君たち。怪我しないうちに逃げたほうが身のためだぞー」
蓮「あ、そのスマホは置いてけよー?」

  男子学生たち、「ちっ」と悪態をつき、
  負け惜しみの唾を吐いて立ち去る。
  一人が警戒しながらスマホを拾い上げ、逃げるように走り去った。

蓮「……って、素直に置いてくわけねーか」

蓮「(雛鳥のそばにしゃがんで)ひなちゃん、だっけ? 怖い目に遭ったね」
蓮「ってか。なんでアナタがここにいるのって、聞きたそうな顔してるね?」

雛鳥(ひな)「………っ」

  雛鳥、まだ恐怖心とショックが抜けずに震えたまま。
  
蓮「仕方ないから教えてあげる。そもそも僕の仕事は瑠偉くんの身の安全を守るボディーガード、つまり暴力の牽制(けんせい)には慣れてるってわけ」
雛鳥(ひな)「瑠偉を守る人がどうして……私の後をつけてストーカーみたいなこと、してるの……?」
蓮「ストーカーだって?! ぶっ、ひどいなぁ」

  蓮、大袈裟に笑う。

蓮「瑠偉くんを守るってことは、瑠偉くんの居候先のご家族も守るってことなんだよ? わかるかな?」

  ※コミカルなやり取り

雛鳥(ひな)「えと……わかりません」
  
  蓮、ガクッとなる。

蓮「ま……いっか。でもねひなちゃん。僕だっていつもキミたちを見てるわけじゃない。今日のキミはたまたま運が良かった」
蓮「瑠偉くんにも感謝してもらいたいね」

  雛鳥、あからさまに訝しむ目を蓮に向ける。

雛鳥(ひな)「……有難うございます……助けて、くれて」
蓮「お礼のついでに聞きたいんだけど。瑠偉くんに、いつ屋敷に帰るとか聞いてない?」
  
  雛鳥、ふるふると首を振る。

雛鳥(ひな)「あの……っ、瑠偉、記憶を失くしてて」
雛鳥(ひな)「スマホも壊れちゃって、自分がどこに住んでたかも覚えてなくて」
  
雛鳥(ひな)M「瑠偉の名前を口にすると、必死でこらえていた涙があふれた」

  ※蓮、コミカル

蓮「ひなちゃんっ、泣きながら冗談が言えるんて強い子だ! どうせ僕に会ったらそう言えって言われてるんだろう? ったく……いくら家出が楽しいからって。嘘が下手だな瑠偉くんは!」
雛鳥「あの、嘘じゃないですっ、本当なんです」
蓮「わかったわかった。まだ帰る気はなさそうだね? まぁ僕はいいんだけど……」

  蓮、ちょっと真顔になって、

蓮「じゃあ家に帰ったら伝えてくれる? 瑠偉くんの《許嫁》の新情報を会長が掴んだ、ってね」

雛鳥(ひな)M「私はまだぼうっとしていて、さらりと放たれた言葉を聞き流すところだった」
雛鳥(ひな)「瑠偉の《許嫁》……?」
  
  雛鳥が聞き返すと、
  蓮、気まずそうな顔をする。

蓮「あ……許嫁がいるって聞いてなかった?」
蓮「(ちょっと焦って)まぁ、そう言うコトだから」

  雛鳥に背中を向けた蓮が、
  思い出したように振り返る。

蓮「そだ。一人で帰れる? 僕の車で家まで送ろうか?」
雛鳥(ひな)「結構です……!」

雛鳥(ひな)M「無意識に声が荒くなっていた」

  雛鳥、はだけたブラウスの胸元をぐ、と寄せる。

雛鳥(ひな)「一人で帰れます」
蓮「(にっこり笑って)そっか。帰りにまたなんかあったら、すぐここに連絡して」

  蓮、ジャケットの胸ポケットからペンとメモ帳を取り出して、
  ささっと書き込む。
  雛鳥、否応なしにメモ用紙を握らされた。

  ※ひとり残された雛鳥が茫然と立ちつくしている図


  《回想、雛鳥》

・見知らぬ男たちに乱暴されかけたこと
・蓮の顔「瑠偉くんの《許嫁》の新情報を……」

  《回想終了》


  雛鳥、膝ががくがく震えてしゃがんでしまう。

  ※血の気が引いた雛鳥の横顔

雛鳥(ひな)「——瑠偉には、《許嫁》がいる」