次々に持ち上がる意見を前に、お父様とお母様は一切怯みません。

 王妃殿下を始めとした大臣達の数々の説得にも応じる姿勢を見せず、更には王族を相手どって正論を叩きつけました。


「こ、公爵……王太子妃はアリエノール嬢でなければ務まりません」

「おかしな事を仰います。二年以上婚約者以外の女性と愛を育んでいるのは王太子殿下です。それについては今更お話し合う事もないでしょう。王妃殿下はよくご存じのはず」

「そ、それは……」

「これは我がラヌルフ公爵家に対する侮辱以外の何物でもありませんぞ!」

「……」

「本来なら、娘は婿を取る予定だったのです!それを王家が『必ずアリエノールを幸せにする』『大切にする』と。それをお忘れですか?」

「…………」

 そのような約束がされていたのですね。知りませんでしたわ。
 あら?
 その割には私、王太子殿下に大切にされた記憶はありませんが……。口だけの約束だったのかしら?それなら分かりますわ。

「こちらがその時の証文です!ここに当時の国王陛下の御名御璽も入っております!」

 テーブルに叩き出された証文。
 そこに連名でお父様の名前も。
 あぁ、証拠を残していたのですね。
 王家とラヌルフ公爵家の間で交わされた証文でした。
 その内容は『王家は何があろうともアリエノールを守り大切にする。王太子はアリエノール一人を妻にし愛し必ず幸せにする』という類いの物でした。
 王家相手に中々のムチャぶりです。こんな内容を承諾した王家も王家ですが。

 王妃殿下は絶望に染まりきった目でお父様を見つめています。
 この様子ではお母様の予想が当たっていたようですわ。

 私を正妃に、浮気相手を側妃にしたかったのでしょう。
 ですが、この証文がある限りそれは無理というもの。今まで散々王太子殿下の逢瀬を黙認していたのですから、自業自得というものです。

「どうしても婚約を白紙になさらないと言うのなら我が公爵家はレーモン王太子殿下を支持致しません」

「公爵!!?」

 王妃殿下だけでなく会場にいる大臣達も顔色を変えました。
 建国当時から王家を支え続けた三本柱の一つが、現王太子――レーモン第一王子の即位に反対すると明言したも同然なのですから。彼らが慌てふためくのも致し方ありません。

 ただでさえ立場の危い王太子殿下。
 公爵家を敵に回してそのままでいられるはずもなく、王位継承権の問題にまで発展するであろう発言だったのです。

 流石に王家と公爵家が争う、という事にはならないと思いますが、まぁ、そうなってもおかしくないセリフですわ。先の事は分かりませんからね。このまま王太子を国王にするのならこちらにも考えがあるという意志表明はある意味効果がありました。

 国の重鎮達が挙ってお父様に考え直すように訴えているのですから。

 最悪、公爵家が王家から距離を取れば政治や経済の打撃は免れません。
 ここにいる大臣達だけでなく、この国の貴族の根幹を揺るがしかねない異常事態になるでしょう。

 どちらに組するべきかを真剣に検討せざるを得ない――我が家に恩恵を受けている貴族達は挙って公爵家を支持するでしょう。中立を宣言する貴族はどちらにもつかない代わりにどちらの恩恵も受けられない立場になってしまいますからね。身の振り方は慎重になるでしょうし……。あら?これは国の分断の第一歩ではないかしら?


「何分、王族の血を引く男児は他にもいますので何もレーモン王太子殿下が王位にならずとも問題はないでしょう」

 更なる父の発言で遂に会場は凍りつきました。