「あれ? グレッグ! 早かったねぇ」

 そう言って、片手をひらひらさせると、アキは嬉しそうにそうにそう言った。
 そんなあっけらかんとしたアキに、長身の男――グレッグは、眉間を顰め、不満そうにこう言った。

「『早かったねぇ』ってなぁ。『同室のよしみ』だとか言って食事に誘っておきながら、俺に何も言わずに部屋をでて行っておいて。それで、歓迎の言葉が『早かったねぇ』だと? そんな言い草ないだろうが!」

そう言って不満も顕に語尾を強めるグレッグに、アキは「ごめん、ごめん」と手を合わせると、話を逸らすかのようにエマの方を向いてこう言った。

「あ、紹介するの遅れちゃったんだけど、彼女はエマ。俺と同じヨッパ島の出身の王都招集者で、この金髪で色白の子がミリアちゃん。最端の島からの王都招集者なんだって」

 上手く話しを逸らされてしまったグレッグは、恨めしそうな視線をアキに送るも、すぐに振られた話題に合わせてこう言った。

「そうか、同じ招集者なのか。俺は、ボークス島のグレッグ。グレッグ・ワイズナーだ。よろしくな」
「ボークス島……私の島の隣の島ですね」

 島同士ではあるが、隣という言葉に親近感を覚えたミリアは嬉しそうにそう言って笑った。
 そんなミリアに、グレックもまんざらでもなさそうにこう言う。

「ああ。確か、フェスタ島はジャガイモで有名な島だったな。[フェスタクイーン]だったか? 俺の島の市場では良く売られていたよ」

 その言葉に、ミリアは思わず饒舌になる。

[フェスタクイーン]――それは、ミリアの父が丹精込めて育てている村の唯一の特産品だったからである。

「ほんとですか! ジャガイモは父の得意な野菜で[フェスタクイーン]もたくさん育てていました!」

 青い瞳をキラキラ輝かせ、嬉しそうに語るミリアに気圧されながらも、グレックは微笑まし気にこう言った。

「そうか、それなら俺も、君のお父さんのジャガイモを食べていたかもしれないな。[フェスタクイーン]のじゃがバターは最高だった」
「はい! 父のジャガイモは本当においしいんです。分かってくれる人がいて、私すごくうれしいです!」

 そういって、とても幸せそうに微笑むミリアを温かく見つめると。
 アキは、興味津々といった体でミリアに尋ねてこう言った。

「ミリアちゃんの家はジャガイモ農家だったんだね。ほかにも野菜育ててたりしたの?」
「はい。ほかの野菜も家庭用に育てていましたけど、メインはジャガイモでした」
「ジャガイモと言えば、エマの得意料理のひとつに[ジャガイモのガーリック醤油炒め]があったよね。あれ、俺の好物でさぁー」

 そう言って、唇を舐めるアキに。
 エマが「しょうがないわね」というように、ため息をひとつ吐くとこう言った。

「折角、酒場の賄いに作っても、アキが大方平らげて行っちゃうから。ほんと、困ってたんだからね!」

 そう言って、アキを冗談ぽく叱りつけるエマに。
 ミリアはふと気が付いてこう尋ねた。

「エマさんは、酒場を経営されていたんですか?」

 ミリアのその問いに、エマはとんでもないという風に片手を扇ぐと、少し恥ずかしそうにこう言った。

「母がね、酒場を経営していて。私はそこで手伝いをしていただけ。でも、今回こんなことになっちゃって……私がちゃんと結婚でもしてれば、母に親孝行のひとつも出来たのかもしれないけど。上手くいかないもんよね、人生って」

 そう言って、しんみりと感じ入るエマを申し訳なさそうに見遣ると、アキはグレックとミリアを交互に見つめながらこう言った。

「エマの家は、母子家庭でさ。エマのお母さんが一人で店を立ち上げたんだ。凄いよね」

 そう言って、やはりしんみりと黙り込むアキに。
 グレックも、やはりしんみりとした雰囲気で頷くとこう言った。

「そうだったのか。それはお母さんはご苦労をされただろうな。もちろんエマさん、君も」
「私なんかどうでもいいのよ。それより、残してきた母がどう扱われるのか、それが心残りで……」
「そう、ですよね……」

 ミリアも、裕福ではない両親や妹たちのことを思うと、色々と思いが巡り、胸が締め付けられる。
 特に、母一人、子一人だったエマは、本当に身を引き裂かれるような思いなのだろう。
 エマの血色の良かった顔は、今は少し青白く見えた。

 そんなエマとミリアの会話を聞いていたアキは、このしんみりとした空気を一変しようとでも思ったのだろう、話題を切り替えるようにこう言った。

「普通はそうだよね。俺の所なんか、「とにかく、早く出て行ってくれ!」感がもう半端なくて……」

 その何気なく話すアキの言葉に。
 ミリアもグレックも一瞬、言葉を失う。

「そんな、それ本当なんですか……?」

 事態が呑み込めず困惑するミリア。
 グレッグも、何と言ったら良いか分からないという感じで、口元に片手を当て、渋い顔をしている。
 そんな二人を困ったように見遣ると、アキは気まずそうな口調でこう言った。 

「あー。俺さ、家族の……っていうか、なんか、島じゅうの人たちの嫌われ者なんだよねー」

 そう言って、苦笑しながら後頭部をかくアキを、エマは眉間を片手で押さえながら、深いため息をひとつ吐くのであった。