森の近くの家への帰り道。

 街中を鋭い眼光で巡回する騎士たちに軽く会釈をしながら。
 ミリアとグレックは、人通りの無い王城へと続く大通りを、王都の街灯(がいとう)と月の明かりだけを頼りに歩いていた。

 フクロウやミミズクの声にびくびくと辺りを見回しながら、ミリアはグレックに、声を潜めてこう言った。

「アキさん、一人で酒場に残るって言ってましたけど。本当に一人、置いてきてしまって大丈夫でしょうか」

 そう言って、ひどく不安そうに尋ねるミリアに。
 グレックは、苦笑い気味にこう言った。

「自分でも言っていたが、一応あいつも大人だ。状況を理解した上での判断なんだろうから、俺には何とも言えない。まあ、帰りの道中は騎士たちの巡回もあるし、問題ないとは思うが。ただ、ひとつ心配があるとすれば、それは、あいつのメンタルだな」

 そう言って、渋い顔をすると、グレックは片手で顎を扱きながらそう言った。

「メンタル、ですか……」

 そう言って、グレックを食い入るように見つめるミリアを横に。
 グレックは、ふとミリアから視線を逸らすと、満天の星空を見上げながらこう言った。

「自分の大好きだった兄が、この王都では、あること無いこと散々言われているんだ。気にするなという方がおかしいだろう」

 自尊心が高い、金の亡者――自分の家族がそんな風に言われていると知ったら、ミリアだって、普通の精神状態じゃいられないだろう。

(お兄さんのこと、あんな風に言われて……アキさん、凄く悔しいし、辛いよね)

 そう思い至ると。

 ミリアは、改めてアキの置かれている状況に心を痛めた。
 
「そう、ですよね。辛くない訳がないですよね」

「辛いから、一人で酒を呷りたいって時もあるだろう。まあ、あいつのことだから、自分独りで心に折り合い付けるんだろうが……」

 そう言って渋い顔をするグレックに。
 ミリアは、ふつと黙り込むと、普段から少し気になっていることを躊躇(ためら)いつつ口に出してこう言った。

「あの……アキさんて、あんまり自分のこと人に話したがらないところ、ありますよね。私なんかは自分一人で抱え込むなんて出来なくて、良く家族に相談したりとかしてましたから。ちょっと気になってしまって……」

 そう言って、口を噤む(つぐ)ミリアに。
 グレックも、大きく頷いてこう言った。

「そうだな。俺も、家族との仲は悪くなかったから、あいつが何を考えているのかは、はっきり言って良く分からない。ただ……」
「ただ……?」

 そう言って、グレッグを真っ直ぐに見つめるミリアに。
 グレックは、ふっと視線を落とすと、いつになく真面目な顔でこう言った。

「時々、あいつの明るさは、本来のあいつのものではないんじゃないかと、そう思うことはある」
「それ、私も時々感じていました」

 ミリアもそう言って大きく頷く。

 時々見え隠れする、アキの明るさの影に潜む昏い影、そして物悲しさ。
 それを見る度、感じずにはいられない、得体の知れない恐れや不安。

 それが何なのか、何を意味するのか、ミリアには未だ分からない。

 そんなミリアの相槌に。
 グレックは足を止めると、徐に空を見上げながらこう言った。

「そうやって笑い飛ばすことで自分を奮い起こして生きて来たのか、自分を偽ることで苦境をやり過ごしてきたのか……分からない。だが、どっちにしろ、本来の自分を殺しながら生きている訳で、息苦しい事には変わりないんだろうな」

 そう言って、じっと天を見つめるグレックに、ミリアはしょんぼりと肩を落とすとこう言った。

「アキさん、大変だったんですね」
「ああ、察するに余りあるな」

 そう言って、空から視線をミリアに戻すグレック。
 そんなグレックに、ミリアは口元に片手の指を軽く添えると、口惜しそうにこう言った。

「アキさんが、もう少し私たちを信用してくれれば……」
「まあ、信用されたとして、俺たちが出来る事と言えば、話を聞いてやることぐらいしか出来ないだろうがな」

 そう言って、やはり悔しそうに顔を歪めるグレック。
 でも、そんなグレックにミリアは首を横に振ってみせると、グレックを真剣な眼差しで見つめてこう言った。

「でも、話を聞いてあげるだけでも、全然違うと思うんです。独りで辛いって悩むより、みんなでその辛さを分け合えば、辛さは独りの時よりも軽くなると思うし、それに、嬉しい事も、みんなで分かち合えば嬉しさは何倍にも膨れ上がります。今日の[武術大会]の時みたいに……」

 そう言って、顔を赤くしながら下を向くミリアに。
 グレックは、優しい笑みを浮かべるとこう言った。

「そうだな、それをアキも理解してくれればいいんだが……今のアキには、難しいだろうな」

 そう言って、厳しい顔で虚空を見つめるグレックに。
 ミリアは不安そうにこう尋ねる。

「どうしてですか」
「あいつの育った環境が、それを許さないんじゃないかと。何となくな」
「育った環境……」

 親にも、村の人たちにも、[忌み子]と蔑まれ、罵られてきたアキ。
 村の不幸な出来事を全てその身に背負わされ、古井戸に投げ込まれていたアキ。
 喜ばれようと努力しても、「不吉だ」と片付けられ、また井戸へと放り込まれる日々。

 そして、唯一自分のことを愛してくれた兄は、もうこの世にはいない……。

 その事実を思い、ミリアの眼には思わず涙が込み上げて来る。
 そんな憂いに沈むミリアの肩を二回、軽く叩くと。

 グレックは、自分に言い聞かせるかのようにこう言った。

「まずは、時が解決してくれるのをある程度待つしかないのかもな」

 そう言って、グレックはまた、大通りをゆっくりと歩きだすのであった。