再会を約束し、アキと甲板で別れてから数分後。
 船内に戻ると、旅行鞄を両脇に抱えた青年や年頃の少女たちが船の中を地図を片手に歩いていた。
 ミリアが船尾に行く前に停泊した島の若者たちだろう。
 この島でも、くじ引きが行われたのだろうか。
 乗船している若者たちの顔に、心からの笑顔はあまり見られなかった。

 ミリアの脳裏にアキの言葉が蘇る。

――この船に乗っている奴らは、皆、多かれ少なかれ、何かしらの負の感情を抱えてるんだろうし。

(そうだよね、皆、好き好んで王都になんか行きたくないよね)

 そう一人結論すると、ミリアは自分の部屋の扉を開ける。
 ベッドふたつと机ひとつの狭い相部屋だったが、もしかしたら誰かしらが乗ってきているかもしれない。

(それに、もしかしたらその人と友だちになれるかもしれないし……)

 そんな淡い期待も抱きながら、ゆっくりと自室の扉を開くミリア。

 と、そこには――。

「んもぅ! なんで閉まらないのよ! あ、あなた! ちょうどいい所に!」

 そう言うと、ミリアのベッドの反対側の狭いベッドの上で一人、大きな荷物と格闘している女がそう言ってミリアを手招きする。

「な、なんでしょう?」

 戸惑いつつそう尋ねるミリアに、女は、太った革製のトランクを片手でぺしぺし叩くとこう宣った。

「悪いんだけど、このトランクの上に膝で乗って貰えるかしら?」
「え? 膝でですか。い、いいんですか、乗っちゃっても」

 更に戸惑うミリアに、女はショートボブの黒髪を後ろに撫でつけるように掻き揚げると、健康的な浅黒い肌から真っ白な八重歯を覗かせてこう言った。

「いいのいいの。だって、開いてるままじゃ運べないじゃない? だから、お願い。乗ってくれる?」

 胸元で手を組み、上目使いでそう尋ねて来る黒髪の女に。
 ミリアは、恐れ多いとは思ったが、意を決してこう言った。

「わ、分かりました! 私なんかで良ければ」

 その威勢の良い答えに。
 黒髪の女は、「待ってました」とばかりにこう言った。

「じゃあ、お願い。行くわよ!」

 そしてすぐに、黒髪の女は大きな声でカウントを取り始める。

「いち、にの……はい、乗って!」
「あ、はい!」

 黒髪の女の号令で、ミリアは思い切ってトランクの上に飛び乗った。
 それを合図に、黒髪の女は太り過ぎのトランクを一気に締め上げていく。

「そのまま、そのまま……もうちょい我慢してね……」

 そう言って、黒髪の女は器用な手つきでトランクの荷物止めのベルトを締め上げる。
 そして、二つ目のベルトをぎゅうぎゅうに締め終わったとき。
 女は手の甲で額を拭うと、嬉しそうな顔でこう言った。

「ありがとー。助かったわ。えーと、あなたは……」

 そう言って、今更ながらにミリアの存在に戸惑う黒髪の女に。
 ミリアはクスリと笑うとこう言った。

「ミリアです。ミリア・ヘイワードって言います。この部屋のもう一人の住人です」
「ああ、そっか。ここ二人部屋だもんね。ミリア、か……うん、覚えたわ。ちなみに、私はエマ・マクレインよ。エマって呼んで。それじゃ王都までの間、よろしくね、ミリア」

 そう言って、眩しい笑顔と共に差し出された手を握り返し、ミリアは心底嬉しそうにこう言った。

「はい! こちらこそ、よろしくお願いします!」

 そんなミリアを好ましそうに見遣ると、黒髪の女――エマは、思い付いたというようにこう言った。

「ところでさ、そろそろ夕飯の時間だと思うんだけど。良かったら一緒にどう?  余計な奴が一人いるんだけど、あんま気にしないでいいから。ほら、トランクの件のお礼もしたいし……ね? いいかな?」

 そう言って、白い歯を見せてはにかむエマに、ミリアは瞳をキラキラと輝かせ、「もちろん、喜んで!」と、嬉しそうに笑って見せた。

(エマさんか。明るくてハキハキものが言えて、しかもテキパキしてて……すごく素敵な人だなぁ)

 こうして。

 ミリアは同室のエマと一路、食堂へと向かう事となるのだが、まさか、エマの[余計な奴]というのが、ミリアが知り合ったばかりの友人のことだったとは、全く思いもよらなかったのであった。