「グレックさん、残念でしたね……」

 そう言って、肩を落とすミリアに。
 アキは、首を竦めてこう言った。

「まあ、あれだけ執拗に怪我した手首を狙われたらねぇー」
「これも勝負の内って、グレックならいうんでしょうけど、なんかね」

 やっぱり、納得できないという風に、エマは大きなため息をひとつ吐く。
 
 と、その時――。

 会場の中央にフェリクスが呼ばれ、剣士団の騎士たち数名が、それぞれの持ち場に着くのが見えた。
 いち早くそのことに気づいたミリアは、会場の中央を指さしこう言った。

「あそこ、叙任式(じょにんしき)が始まるみたいですよ」

 すると、騎士団の副団長である王太子ユートが凛とした声でこう言った。

「国王陛下より、騎士勲章(きしくんしょう)と騎士の証たる(つるぎ)を授与する!」

 それに応呼するように、剣士団の中で一人だけ着ている制服が黒色の壮年の男が、声を張り上げこう言った。

「国王陛下の御成である! 皆、敬礼ー!」

 その号令に合わせ、会場中央に集まった騎士たちが皆、国王陛下を迎える為に背筋を伸ばし、敬礼する。

 そして、会場の端からゆっくりとした足取りで現れたのは――。

「あ、あの人……」

 ミリアが真っ先に声を上げた。
 その声に、アキも目を(しばた)かせると、驚きも隠さずこう言う。

「あーっ! さっきの白髪交じりの!」
「噓でしょ、あの人……国王陛下だったの?」

 そう言って、エマもびっくりしたように目を見張ると。
 ミリアは、呆けたような顔でこう呟く。

「あのおじさんが、国王陛下……」

 さっきの一般庶民然とした雰囲気とは全く異なり。
 王族の白い制服をすっきりと着こなし、高貴なオーラを全身から発する白髪交じりの初老の男――。
 そんな男の華麗なる変貌に、ミリアは思わず目を見張るのであった。



     ※     ※     ※



騎士叙任式(きしじょにんしき)が始まると、会場は(おごそ)かな雰囲気に包まれる。

 国王は片手に王酌(おうしゃく)を持ち、ゆっくりとした動作でフェリクスを自らの前に招いた。

 片ひざを折り、強張った顔で下を向くフェリクス。

 そんな緊張で固くなるフェリクスに、国王は、威厳に満ちた、だが、優しい口調でこう言った。

「フェリクス・シールズ。汝を我が剣士騎士団の一員として迎える。(つるぎ)を」
「はっ」

 そう言うと、騎士の一人が、予め用意してあった(つるぎ)を、国王陛下に恭しく両手で手渡し、一歩、後ろへ下がる。

 それを確認すると、国王はフェリクスを温かな眼差しで見下ろしながらこう言った。

「フェリクス・シールズ。この剣を以て、国民を猛獣から守ることをこの(つるぎ)()けて誓うか」

 その問いに、フェリクスは感無量と言わんばかりに答えて言った。

「はい、もちろん……誓います」
「よろしい。フェリクス・シールズ。汝を、我が騎士団の一員として叙任(じょにん)する!」

 国王のその宣言を合図に、会場から大きな拍手が沸きあがる。

「おめでとうございます、フェリクスさん」

 フェリクスの健闘を拍手で称えていたミリアが、そう呟いたその瞬間――。

「次に、グレック・ワイズナー」

 その呼号(こごう)に。

 会場内は一瞬にして、しん……と静まり返った。

「は? グレック?」

 そう首を捻るアキに、エマが困惑気味にこう尋ねる。

「ねぇ、どういうこと……?」

 そんな二人以上に、会場中央の端の方に目立たないように立っていたグレックは、戸惑ったように辺りを見回している。
 そんなグレックを、国王はゆっくり手招きすると、呆然と立ち尽くすグレックに、威厳のこもった声でこう言った。

「グレック・ワイズナー。汝を我が剣士騎士団の一員として迎える。剣を」
「はっ」

 そう言うと、騎士の一人は、やはり予め用意してあった(つるぎ)を国王陛下に恭しく両手で手渡すと、一歩下がった。

 唖然とする国民を置き去りに、淡々と進む式を目で追いながら。
 ミリアは思わずこう呟いた。

「騎士になれるのは、優勝者だけのはずなのに」

(一体、どうなっているの?)

 そんなミリアの心の声などお構いなく。
 式は、粛々と進んでいく。

「グレック・ワイズナー。この剣を以て、国民を猛獣から守ることをこの(つるぎ)()けて誓うか」

 国王のその問い掛けに。
 グレックは少し戸惑ってはいたものの、自分の意見をはっきりと口にしてこう言った。

「……私は、試合に負けた人間ですので、騎士にはなれないのではと」

 背筋をピンと伸ばし、そう潔く進言するグレックに。
 国王は、顔色一つ変えずにただ、同じ言葉を繰り返してこう言った。

「国民を猛獣から守ることをこの(つるぎ)()けて誓うか」

 さすがに、事を見かねた王太子が、グレックに片ひざを折るよう指示し、こう言った。

「グレック・ワイズナー。誓うのか、誓わないのか、今この場ではっきりと断言せよ」

 その王太子の言葉に。
 グレックは、驚いたように目を見開くと、深く深呼吸をし、一語一語、言葉を噛み締めるようにこう言った。

「……誓い、ます」

 その言葉に満足したのだろう。
 国王は、大きく頷くと、声高らかに宣言してこう言った。

「よろしい。グレック・ワイズナー。汝を、我が騎士団の一員として叙任する!」

 その宣言に。

 ミリアたちを始め、事態に着いていけていない国民の大半が、呆けた様に会場の中央を見つめ、生ぬるい拍手を送った。

 そんな、叙任式とは到底思えないような、場違いな雰囲気に満たされた会場の中央で。

 国王は、王酌を振りあげ、それを眼前に(かざ)すと、遠くまで(とどろ)くような威厳のこもった低い声で、グレックとフェリクスに向かってこう言った。

「グレック・ワイズナー。汝の戦いぶりは見させて貰った。フェリクス・シールズに勝るとも劣らない闘いぶりであった。決勝において、怪我というハンデを追いながらも、正々堂々とフェリクス・シールズと渡り合ったこと、私は誇りに思う。そして、フェリクス・シールズ。汝も、相手が怪我を負っているからと言って、情に流されることなく本気で戦ったこと、見事である。猛獣との戦いにおいて、最後にものをいうのは、速さでも、力でも、精神力でも、ましてや勇気でもない。決して諦めないという強い心だ。それを、今回の闘いで、二人は我々騎士団に改めて思い起こさせてくれた。よって、この度の勝者は、フェリクス・シールズ、グレック・ワイズナーの二名とする」

 その言葉に、エマが口元を片手で覆ってこう言った。

「噓でしょ……」
「おいおいおいおい、グレッーク!」

 興奮したように、アキがそう言ってグレックの名を叫ぶ。
 ミリアも、会場中央で畏まるグレックを涙目で見つめながらこう呟いた。

「グレックさん、おめでとうございます……!」

 そして会場からも、二名にも及ぶ新しい騎士の誕生に、大きな歓声と拍手が一斉に沸きあがる。

 それをゆっくりと確認すると。
 叙任式を仕切っていた王太子ユートが、凛然とした声でこう言った。

「以上を以て、今大会の叙任式を終了とする。尚、次回は四か月後、斧士(ふし)騎士団選抜試合を行う。以上!」

 そう言って、王太子と共に会場の外へと去って行く国王を見つめながら。
 ミリアは、感慨深げにこう呟いた。

「グレックさんが、騎士……」

 こうして、グレックは晴れて王国の騎士となったのであった。