「グレック、勝ったわね」

 そう言って、ホッとしたため息を吐くエマに。
 ミリアは頬を紅潮させると、興奮したようにこう言った。

「はい! 最後の技、凄かったです!」
「バーナードの渾身の一撃を見切ってからの、カウンター攻撃。ほんと、お見事って感じだったよねー!」

 アキも、冷静に試合を分析しつつも、最後には興奮気味にそう言った。

「でも、会場の人たちは、あまり楽しそうじゃありませんでしたね」

 グレックがカウンターで試合を決めた時、思わず立ち上がって拍手をしたミリアたちとは打って変わって、会場からはパラパラとしか拍手が沸かなかったのだ。
 
 そんなミリアのもの憂い気な様子に。
 アキは肩を竦めて見せると、皮肉な笑みを浮かべてこう言った。

「まあ、グレックは島出身者だし、都人(みやこびと)としては、[異物]って感じなんじゃないのかな。それに、グレックの勝ち方は地味だからねー。人ってのは、地味な技の凄さよりも、派手な技の凄さに目がいくものだからさー」
「そういうもの、なんですね」

 そう言って、少し寂しそうに会場の中央を見つめるミリア。

 と、その時――。

「あら、田舎者じゃない。こんなところで何をしていらっしゃるの?」

 栗色の髪を徐に掻き揚げながら。
 イヴォンヌはそう言って、ミリアを不愉快そうに見下ろした。

 と、そんなイヴォンヌに。
 ミリアは内心ムッとしながらもこう答える。
 
「友人の、応援ですけど」
「ふーん、ご友人のねぇ。でも、残念だったわね。優勝はもう決まっているのよ」

(決まってるって、どういうこと――?)

 得意げにそう言い切るイヴォンヌを、思わずミリアは凝視した。
 そんなミリアの心情を代弁するかのように、エマも、鳶色の瞳に不穏な色を湛えてこう詰問する。

「なにそれ。この大会、出来レースなの?」

 イヴォンヌは、エマの詰問にイライラと髪を跳ね上げると、胸に片手を当て、激しく捲し立てながらこう言った。

「そう言う意味じゃありませんわ! 私が言いたいのは、武術・学業共に輝かしい成績を誇る私の兄こそが、この大会の栄光を手に入れるのだと、そう申し上げているのです!」
「栄光を手に入れるのは自由だけど……まだ、試合終わってないんだけど?」

 興奮して薄っすらと顔を赤くするイヴォンヌに。
 アキはそう茶茶(ちゃちゃ)を入れる。

 それでも、イヴォンヌはめげるどころか、更に語調を強めてこう言った。

「試合などしなくとも、兄の優秀さは誰が見ても明らかですわ。ですから、いくらあなたたちのご友人が頑張ったところで、無駄というもの。ですから、騎士になることなど諦めて、田舎者は田舎者らしく、王都の片隅で目立たないように暮らすのが良いですわよ」
「田舎者、田舎者って、さっきから一体何なの? 田舎者でも、何しようが何を願おうがそんなの勝手でしょ?」

 エマが、うんざりしたようにそう言うと、ミリアも、追い打ちを掛ける様にこう言い放つ。

「そうですよ! それに試合も、最後までやってみなくては分かりません!」

 エマとミリア、そんな二人のごく当たり前の回答を前に。
 イヴォンヌは大きなため息をひとつ吐くと、二人を見下すようにこう言った。

「田舎者が本当に騎士になれると本気で思っていらっしゃるの? ほんと、身のほど知らずもいい人たちですわね。これだから、夢見がちな田舎者は……」

 そう言って、三人を小馬鹿にしたように肩を竦めるイヴォンヌに。
 エマは、静かな怒りを両眼(りょうがん)に湛えながらこう言った。

「夢見ることの何が悪いの? 夢見ることは、都人(みやこびと)だけの特権……って訳でもないでしょうに」

 そんなエマの言葉にみるみる顔を赤く染めると。
 イヴォンヌは、怒りに声を震わせこう言った。

「ともかく! 勝つのは私の兄フェリクス! 騎士になるのも、私の兄フェリクス! 分かったなら、そのご友人を説得して一刻も早く、この会場から出て行くのね!」

(フェリクス……?)

 ミリアは聞き覚えのある名前に、眉を顰めた。

(フェリクスさんて、イヴォンヌさんのお兄さんなの?)

 そう、唖然とイヴォンヌを見上げるミリアを、イヴォンヌは憤りも顕に肩を震わせ睨み付ける。

 と、そんな怒り心頭のイヴォンヌを前に。
 アキは冷めた目を向けると、ため息交じりにこう言った。

「……会場から出て行くっていうのは、ちょっと無理かなー。あいつが諦めない限り、俺たちも諦めないからさ」

 そう言って、首を竦めるアキに。
 イヴォンヌは、栗色の髪を激しく跳ね上げると、高ぶった精神を落ち着かせるようにため息を()きつつこう言った。

「そこまで言うのでしたら、もう何も言いませんけれど。でも、ご忠告はして差し上げましたわよ! ……はぁ、全く。とんだ時間の無駄でしたわ……」

 そう言って、こめかみを抑えつつ嫌味たっぷりの捨て台詞を吐くと。
 イヴォンヌは、乱れた髪もそのままに、会場の人混みの中へと去って行くのであった。