(アキ・リーフウッド)

 ロケットの現実を見せつけられたミリアは、呆然としながら青年を見つめる。
 そんなミリアに、アキはにっこり微笑むと、少し傷ついた顔をしてこう言った。

「俺も自己紹介したんだし。良かったら、君の名前も教えてくれる?」

 そう言って、人懐っこそうに話しかけて来るアキに。
 ミリアは断る材料も特に見つからず、渋々ながらこう言った。

「私は……ミリアといいます。ミリア・ヘイワード。フェスタ島からの移住者です」
「そっか。それでさっきのロケットを貰ったんだね、『島を出てからも友達でいようねー』記念とかで」

 そういって、なれなれしく話しかけて来るアキに。
 ミリアは少し引き気味にこう言った。

「……ええ、まあ。そのロケットは、私の親友に貰ったものなんです。私と、幼馴染のエリックと、親友のクレアと……いつまでも友達だっていう約束の証にって……でも」

 そう言って、甲板に視線を落したミリアは、寂しそうにこう言った。

「違ったみたい。私、クレアに嫌われてたんですね。私が……クレアが好きだったエリックと付き合ってたから」

 そう言って唇を噛んで下を向くミリアに。 
 アキは少し首を捻ると、歯に衣着せることなくストレートにこう尋ねる。

「でもさ、俺にはこの写真の意味が良く分からないんだけど。君は、エリックと付き合っていたんでしょ? それなのに、エリックとクレアが幸せそうに映ってる。どういうことなの?」
 
 当然の疑問を口にするアキに、ミリアは眉を顰めると言い難そうにこう言った。

「……エリックとクレアは、婚約したんです。私が王都行きのくじに当たった三日後に」
「……それって、エリックは元々クレアが好きだったってことなの、かな」
「分かりません。でも……その写真を見ると、そう思ってしまう自分もいて。凄く惨めな気持ちになるんです」

 もしクレアのことが好きだったのなら、なぜエリックはミリアにそう言ってくれなかったのだろう。
 何のために、貧乏人のミリアなんかと付き合ってくれていたのだろう。

 施し? 哀れみ? (さげす)み? それとも、島の皆と陰で一緒にあざ笑うため――?
 
 考えるだけで恐ろしくなり、ミリアは両手で体を抱える。
 そんなミリアを申し訳なさそうに見つめると、アキは優しい声音でこう言った。

「そっか、辛いね」
「あの頃に。くじを引く前の、何も知らなかったあの頃に戻りたい……」

 そう言って、ミリアは手の甲で涙を拭いながら船尾の後方に広がる地平を見つめた。
 気が付けば、辺りは燃える炎のような紅蓮に染まっている。
 アキは、手すりを片手で掴みながら、海を赤く染める大きな夕日を見つめてこう言った。

「でもさ、もう過去には戻れないんだし。前に進まなきゃ」
「前に進むだなんて。そんな……」

 エリックを忘れるだなんて……そんなこと、絶対に出来ない。
 エリックとのたくさんの思い出が、脳裏を駆け抜けていく。

――たとえ、クレアと婚約したのだとしても、エリックとの思い出の全てが、嘘だとは思いたくない。

 そんな未練がましい思いが、ミリアを過去へと縛り付ける。

 でも――。

「私、進めるでしょうか、前に……」

 呟くようにそう言うミリアに。
 アキは力強くこう言った。

「出来るさ」

 そして、海と空の間に沈んでいく夕日を見つめながら、アキは自分に言い聞かせるようにこう言った。

「過ぎちゃった過去はもう変えられないけど、未来なら……ある程度は自分の思うように変えられるんじゃないかーって思うから。まあ、これは俺の希望的観測なんだけどねー」

 そう言って苦笑するアキに。
 ミリアは、ふと心に浮かんだ感情を口に出してこう言った。

「でも、怖くないですか。王都で一人、生きていくこと……」

 その問いに、アキは両肩を竦めると、少しはにかみながらこう言った。

「怖いよー。怖いけどね……俺は少し、期待してる」
「期待、ですか」
「うん」

 酷く素直にそう言うと、青年は、船尾の前に広がる広大な海の最果てを見つめながら、あっけらかんとこう言った。

「でもまぁ……君も俺も含め、この船に乗っている奴らは、皆、多かれ少なかれ、何かしらの負の感情を抱えてるんだろうし。それこそ、怖いとか、悲しいとか、苦しいとか……不安だとか、色々ね。むしろ、君のように「故郷に帰りたい」って考えない奴の方がおかしいのかも」
「そう、でしょうか?」

 普通なら、「泣くな!」「前を向け!」とか言われるところなんじゃないかと思いはしたが(村の先生ならそう言っていた)、青年は、断言するようにこう言い切った。

「そうだよ。とはいえさ……もう、こんな過去の遺物に囚われるのはやめにしない?」

 そう言うと、アキは改めて胸のポケットの中から、ミリアのロケットを取り出すのであった。