――「兄は、死んだんだよ。この王都で、騎士としてね」

 自分のことを唯一心配し、可愛がっくれた兄が亡くなる。
 それはきっと、アキにとって、酷く孤独で怖いことに違いない。
 
 それこそ、幼い頃、井戸の中に放り込まれて閉じ込められるくらいに――。

 そう思うと、ミリアの心は酷く傷んだ。

(すごく孤独で傷ついているはずなのに、アキさんはいつもあんなに明るくて)

 そのギャップに、更に心を痛めるミリアの瞳に、一枚の絵が映る。

「これ、は……」

 アキの手帳からはみ出た手のひらサイズの絵をじっと見つめるミリアに。
 アキは、その絵をスッと引き抜くと、テーブルの上に大事そうに置いてこう言った。

「これはね、兄が書いた絵だよ。筆運びが繊細で、しかも細部まで細かく描かれていて……上手いもんだよね。本当は絵をかくために王都に行ったはずなのに、何故か兄は騎士になっていて……俺は、何で兄が絵を描くことを辞めてまで騎士になったのか、それが知りたいんだ」

 そう言って、アキは手帳の隙間に兄の絵をしまい込む。

 そのとき。

「あ、これは?」

 今度は、アキが手帳の隙間に入れ込んでいた時に、ひょっこり出て来てしまった絵を指差し、ミリアはそう尋ねる。
 その質問に、アキは少しぎょっとするものの、直ぐに観念したようにこう言った。

「ああ、これは俺が書いた絵。あまり人に見せられるようなもんじゃないよ。兄と比べたら雲泥の差だからさー」

 そう言って、自然を装って手帳にしまおうとするアキに。
 ミリアは真面目な顔でこう言った。

「そんなことないですよ。この絵、私には肘掛け椅子のような絵に見えます」
「え……肘掛け、椅子?」

 戸惑うアキに力づよく頷くと、ミリアは確信に満ちた口調でこう言った。

「人の心を癒すような、そんな優しい絵です。良かったら、グレープフルーツジュース代という事で、この絵、頂けませんか」

 スッと、アキの手から絵を取り上げると、ミリアは悪戯っぽくそう言った。
 そんなミリアに、アキは首を竦めて見せると、諦めたとばかりにこう言う。

「こんな、落書きみたいな絵で良いんなら。あーあ、こんな絵が欲しいなんて……君の感性を疑うよ」

 そう言って、諦めも悪く吠えるアキを背に。
 ミリアは鼻歌交じりにこう言った。

「どこに飾ろうかなぁー」

 そうこうしているうちに、アキは窓を見遣るとこう言った。

「お、雨……止んだかな?」
「少し、日が差してきた気がしますね」

 ミリアもそう言って窓に近づくと、窓の外をじっと覗き込む。
 アキは、ゆったりとした動作で手帳をバッグにしまい込むと、バッグを片手に持ち、席を立ってこう言った。

「じゃ、俺、行くわ。グレープフルーツジュース、ありがと」

 そう言うと、アキは何処へ行くとも告げず、王都の市場の方へと姿を消すのであった。