「通り雨でしょうか」

 そう言って、窓を見るミリアに、アキはやはり雨が打ち付ける窓を見ながらこう言った。

「どうかな……俺としては、家に帰る為にも一旦、止んでくれた方が良いんだけど。あ、この椅子……座ってもいいかな」

 そう言って、椅子の背もたれに手を掛けるアキに、ミリアはこくりと頷く。

「ありがと」

 そう言って席に座ると、アキは斜め掛けの革バックを徐に外すと、それを椅子の背もたれに引っ掛けこう言った。

「それにしても、ひっどい頭痛……あー、死にたいー」 

 そう言って机の上に突っ伏すアキに。
 ミリアは苦笑気味に、グラスに入れた、グレープフルーツジュースを差し出す。

「ありがとねー、ミリアちゃん」

 そう言うと、アキはぐびぐびと一気にジュースを呷った。
 と、そんな二日酔い真っただ中のアキに。
 ミリアは当然の疑問を投げかけこう言った。

「そう言えば、アキさん。さっき、聞きそびれてしまったんですけど……何で突然、私の家に?」

(二日酔いもかなり酷そうなのに、どうして……)

 そんなミリアの疑問に、アキは思い出したようにこう言った。

「あっ、そうだった。これ、渡そうと思ってね。昨日のジャムのお礼だよ」

 そう言って、ミリアの丸テーブルの上に、アキは綺麗にラッピングされた小さな包みをトンと置いた。
 ミリアはその小さな包みに手を伸ばすと、それを手に取り、包みの青いリボンを外す。

 すると、そこには――。

「あ、紅茶……」

 少し高級なバラ売りの紅茶が五回分、包みの中から姿を現した。
 アキは、恥ずかしそうに後頭部をかくと、居心地悪そうにこう言った。

「うん。でも金欠で、五回分のティーバッグしか買えなくて……ごめんね」

 そう言って首を竦めるアキに。
 ミリアは恐れ多いというように眉を顰めると、個包装の紅茶たちを見つめながらこう言った。

「そんな……。それより良いんですか、こんな高そうなものを貰ってしまって」

 そう言って、少し躊躇い気味にそう言うミリアに。
 アキは首を横に二、三度振ると、手をひらひらさせてこう言った。

「いいって、いいって! グレープフルーツジュースまで貰っちゃった訳だし。ほんと、気にしないで」

 そう言って、にこやかに笑うアキに。
 ミリアもホッとしたようにこう言った。

「じゃあ、遠慮なく頂きますね。手帳……というか、日記を書くときなんかに、大事に飲ませていただきます!」

 そう言って、棚に立て掛けていた手帳の横に、個包装された紅茶を飾るミリア。
 それを見たアキが、驚いたようにこう言った。

「あれ? ミリアちゃん、手帳持ってるの?」
「あ、はい。手帳というか、もはや日記帳なんですけど……ううん、雑記帳かな」

 そう言って、棚から手帳を取り出し、丸テーブルの上に大事そうに置くミリア。
 その手帳をしげしげと見ながら、アキは嬉しそうにこう言った。

「そうなんだ。それにしても、良い革細工の手帳だねー。ちなみに、俺も……」

 そう言うと、アキは自分の鞄の中から黒みがかった茶色の手帳を机の上にドンと置いた。
 思わずミリアは歓声を上げる。

「あ、手帳!」
「うん。だいぶ使い込んでるから少しクタクタになりつつあるんだけど、俺の宝物のひとつ」

 そう言って、中身をパラパラと(めく)るアキ。
 そんな、自分以外の手帳の登場に、ミリアは酷く興奮気味にこう言った。

「わぁー。シンプルだけど、すごく丁寧な作り……素敵な手帳ですね!」

 そう言って、目を輝かせるミリアを嬉しそうに見遣ると、アキは自分の手帳に視線を落とし、しみじみとした口調でこう言った。

「これ、兄から貰った手帳なんだよね。俺、[忌み子]なんて言われて、親とか兄弟とか村の人たちとかに邪険に扱われてたから、それを見かねた兄が、俺のこと結構かわいがってくれて。手帳の使い方も兄から教わってさ」
「そうだったんですね。それで、そのお兄さんは、今どこにいらっしゃるんですか」

 そんなミリアの何気ない問いに、アキはゆっくり目を閉じると、自分に言い聞かせるようにこう言った。

「兄は、死んだんだよ。この王都で、騎士としてね」
「王都で、騎士として……」

 窓の外では、春の冷たい雨が、まだ降り続いているのであった。