昨日の清々しい青空が嘘のように。

 今日の王都の空は、一転、厚い雲に覆われていた。
 優しく降り注ぐ太陽の春光(しゅんこう)は、すっかり分厚い雲に遮られてしまっており、春にしては、少し涼しく感じられる風が王都の中をあちこち吹き抜けていく。

 ミリアは灰色(グレー)の長袖ボタンシャツに、濃い灰色(グレー)のズボン、そして、焦げ茶色のエプロンを身に付けると、吹き付ける春風をものともせず、庭のジャガイモの芽を確認していた。

「ジャガイモの芽、どうかな」

 風にあおられる蜂蜜色の髪を片手で押さえながら。
 ミリアはジャガイモに芽が出ていないか、一個ずつ確認していく。
 しかし、どんなに目を凝らしてみても、ミリアの植えたジャガイモからは、芽らしい芽は出てはいない。

 思わず、肩を落とすミリア。

 だが、そんな萎えた気持ちを鼓舞するかのように立ち上がると、自分を励ますようにこう呟く。

「植えて七日以内に収穫できるって言っても、昨日の今日だし。ちょっと気が早かったかな? うん」

 それでも。

 やっぱり芽が出なかったら……と思うと、気が気ではないし不安になってくる。
 ミリアは、花壇の淵にしゃがみ込むと、ジャガイモを植えた土の上に軽く手を置き、ありったけの願いを込めてこう呟いた。
 
「お願い、[フェスタキング]……頑張って!」

 そう言って、目を閉じてブツブツと呟いていたその時――。

「よ、元気?」
「あ、アキさん?」

昨夜、酒場で別れたはずのアキが、なぜかミリアの家の前に佇んでいるのであった。



     ※     ※     ※



 突然ミリアの家の前に現れたアキに、ミリアは戸惑いながら尋ねて言った。


「あ……アキさん。今日はどうされたんですか? ……っていうか、昨日は無事家まで帰りつけました?」

 昨夜、かなり酔っていたアキのことを思い出し、ミリアはそう尋ねた。
 アキはというと、いつも通りにっこり微笑むと片手をひらひらさせてこう言った。

「うん、だ丈夫だったよー。……っていうか、帰れて無ければ今、ここにいないって、ね?」

 そう言っておどけて見せるアキに。
 ミリアはため息交じりに肩を落とすと、頬に指を当てつつ首を傾げてこう言った。

「うーん。グレックさんも言ってましたけど、あんまり飲み過ぎるのは良くないですよ?」

 眉を顰め、そう声を掛けるミリアに。
 アキは、下をちょろっと出すと、頭をげんこつで叩く真似をしながらこう言った。

「はーい。以後、気を付けまーす」

 そんなアキに更なるため息をひとつ吐くと、ミリアはふと思い出したようにこう言った。

「そう言えばアキさん。アキさんは、二日酔いとか大丈夫ですか? 私は見事に二日酔いで……」

 そう言って、頭のこめかみを片手で押さえるミリアに。
 アキは、肩を竦めて見せると、深いため息をひとつ吐いてこう言った。

「あー、だよねー。俺も今、二日酔いの真っ最中。頭の中でおっきな鐘が低音でガンガン鳴ってる感じ」
「それは……酷いですね」
「今のところ、吐き気がないのが唯一の救いってね」

 そう言って、少し辛そうにミリアの家の壁にもたれ掛かるアキ。
 そんな、二日酔いもかなり重症そうなアキを見かねたミリアは、余計なお世話かとも思ったが、恐る恐る尋ねて言った。
 
「あ、もし良かったら気休めですけど、グレープフルーツジュース飲んでみます? 私の島では二日酔いに効くって言われていて……」

 その申し出に、一筋の光明を見出したとでも言うように。
 アキは、死んだような眼に生気を取り戻しながらこう言った。

「ありがと、頂くよ。今は、なんにでも縋りたい気分……」
「はい、じゃあ今持って……」

 そう言って、ミリアが家にジュースを取りに戻ろうとしたその時――。

 ミリアの頬に、冷たい何かが掠めていく。
 それは、次第に数を増していき、乾いた地面に小さな染みを作っていく。

「あ、雨だ」

 アキはそう言って掌を上に向け、空を見上げる。
 灰色の雲の中から落ちて来る雨に、アキは気持ちよさそうにこう言った。

「雨も、雨のにおいも……俺、好きなんだよね」
「私も、雨は大好きです。もし良かったら、雨宿りしていきますか」

 そう言って、家の扉を開くミリアに。
 アキは、驚いたように目を見開くものの、強く降り始めた雨を見上げてこう言った。

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 こうして、王都に降り出した雨は、約一時間ほど降り続くのであった。