二人の男――黒髪碧眼の男グリフォードと赤毛の短髪男プラハが、アキに言いがかりをつけている最中。
 状況を飲み込めていないグレックは、ミリアに小声で尋ねて言った。

「なぁ、[忌み子]ってなんだ?」

 そんなグレックに、ミリアはやはり小声でこう言う。

「アキさんのことだそうです。アキさんの島では、双子の片割れが[忌み子]として、邪険に扱われているそうなんです」
「そう、だったのか。それでアキはあんなこと……」

 合点がいったとばかりに。

 グレックはそう言って顎を擦ると、目の前で屁理屈を並べ立てる男を鋭い眼光で見遣る。
 と、そんなグレックに気付くことなく、目の前にいるプラハは、得意げな顔でこう言った。

「[忌み子]の物は、俺たちの物。俺たちの物は俺たちの物……って、島で教わらなかったのか? さ、どいたどいた」

 そういって、ミリアたちを席から追い出しにかかるプラハ。
 と、そんないちいち小賢しいプラハに、いい加減腹を据えかねたエマは、プラハを大真面目な顔で見つめると、呆れた口調でこう言い放つ。

「あのね、そんなローカル・ルール、本当に王都で通用すると思ってるの? もし思っているなら、あんた……ううん、あんたら、相当の大馬鹿者よ。それに、この席はね。あたしが師匠にお願いして取って貰っていた席なの。それでも、この席に座りたいっていうんなら、都人(みやこびと)も納得できるような正当な理由をもって来なさい!」

 そう威勢よく啖呵を切ると、エマは、テーブルを勢いよく叩き付けた。
 だが、プラハはというと。
 そんなエマの啖呵にも動じる風も無く、ただただ、酷く悲しそう顔をして見せると、嫌味たらしくこう言った。

「ああ……! 俺たちを(ないがし)ろにして、自分だけが良い目を見ようだなんて。なんて、心が狭いんだろうなぁ、[忌み子]って奴は。あーあ、こんな[忌み子]と関わったせいで、俺たちにまた不幸が降り掛かっちまった。あーあ、可愛そうな俺たち……」

 そう言って、泣き真似をして見せるプラハに。
 エマは、勝手知ったるとばかりにこう言い返す。

「そうやって人のせいにばかりしているから、あんたたちは中途半端なまんまなのよ。思い出しなさい、三年前の村の武術大会……あんたたち、あの大会でこの[忌み子]に負けたのよ? 恥ずかしくないの?」

 エマのその挑発とも取れる言葉に。
 グリフォードは、黒髪を徐に掻き揚げると、エマの言葉を鼻で笑い飛ばしてこう言った。

「恥ずかしい? 俺が負けたのは、あの武術大会自体が[不吉]だったからだ。だから、俺は負けるべくして負けた。何も、恥ずかしいことなんか無い」

 そう言って完全否定するグリフォードを唖然と見遣ると、エマは「やってられない」という風に、首を横に振ると肩を竦めてこう言った。

「呆れた、話にならないわ……」
「それじゃあ、話は終わったという事で……そこの席、どいて貰えませんかね?」

 そう言って、エマを無理やり椅子から引き離すプラハ。

「ちょっ、何するのよ!」

 と、その時――。

「おい、言いがかりもそこまでにしたらどうだ」

 いままで腕組みをして事の成り行きを見守っていたグレックは、そう言って男たちを鋭い眼光で睨み付ける。

「なんだ、貴様……」

 灰青色(アッシュグレー)の瞳に静かな怒りを湛えたグレックの鋭い眼光を、グリフォードは、憮然とした顔で見つめる。
 グレックは、その男のメラメラと怒りに燃える瞳をじっと見つめると、一語一語、噛み締めるようにこう言った。

「アキが、お前たちに一体、何をしたっていうんだ? 襲い掛かりでもしたか、殴りかかりでもしたか、傷を負わせでもしたのか? 一体、何をもってして、お前たちはアキに食って掛かるんだ? 俺が見る限り、アキが[忌み子]ってだけじゃないみたいだが?」
「……ふん、いちいち五月蠅い男だ。お前こそ、[忌み子]のことを良く分かっていないみたいだが。いいか、こいつがいるとな……予期せぬ悪いことが降り掛かる」

 そう得意げに言い切るグリフォードに。 
 グレックは憮然とした表情でこう言った。

「そんなの迷信だろう。予期せぬ悪いことは誰にでも起こることだ。俺は、こいつといて、別に悪いことは何も起きていない」

 そう、きっぱりと言い切るグレックに続くように。
 エマも、挑戦的な口調でこう言った。

「あたしもよ、悪いけど」

 ミリアも、眉をきりりと怒らせると軽く頬を赤らめつつこう言いった。

「私もです! むしろ、私の方が助けて頂いてる感じで……」

 そう言って、頷くミリアをじっと見据えると。
 グリフォードは苦々し気に鼻を鳴らし、吐き捨てるようにこう言った。

「……本当に、お前らは分かったいないな。まぁ、いずれ俺の言っている事の意味が分かるときも来るだろう。だがその時、気付いたとしても、もう遅い。まぁ、その時が見ものだな……ふふ、っははは。じゃあな[忌み子]の御一行様、君らの上に幸運があらんことを……行くぞ、プラハ」
「は、はい!」

 そう言って、皮肉な笑みを浮かべながら、愉快そうに去って行くグリフォードを前に。
 アキは自嘲的な笑みを口元に浮かべた。
 そして、そんなアキの、テーブルの上に置かれた手は、何処へ行ったとしても、[忌み子]であることから逃れられないという現実に、ガタガタと震えるのであった。