「それにしても、あいつら……ほんと懲りないわよね」

 呆れた様に酒場の入り口の扉を眺めると、エマはそう言ってため息を吐く。
 アキも机に突っ伏すと、泣きごとでも言うかのようにこう言った。

「もう、面倒くさいよ……」

 そんな、疲労困憊のアキを前に。
 ミリアは眉を顰めてこう尋ねる。

「あの、アキさん?」
「うん?」
「さっきの、エマさんが言っていた[双子]とか、[迷信]とかって、一体何なんですか」

 忌々しそうに[忌み子]と呼び、アキを見下す男たち。
 その、下卑た笑みを思い出し、ミリアは釈然としない思いをアキにぶつける。
 
 そんなミリアの問いかけに。

 アキは観念したようなため息をひとつ吐くと、片肘を突き、そこに顎を乗せながら、淡々とした口調でこう言った。

「あー、それねー。うーん、俺さ……島の迷信で不吉とされている一卵性双生児の兄として生まれちゃったんだ。そのおかげで、村で何か悪いことが起きると全部俺のせいにされて。それで俺は、親父や母親、それに村の人たちに、よく島の森の奥にある(さび)れた井戸の中に放り込まれてたの。あの頃は、そこに閉じ込められる意味も理由も全然分からなくて……ちょっと辛かったかなーなんて」

(お父さんやお母さん、それに村の人たちに井戸に放り込まれて閉じ込められるって、そんな……)

 暗くてジメジメした森の中の井戸。
 小さい頃、アキはどんな思いでその井戸で夜を過ごしたのだろうか。

 ミリアは思わず絶句してしまう。

(親にもそんなことをされるなんて……何をどう考えればいいんだろう)

 どんなときも味方でいてくれて、優しく、力強く支え励ましててくれる。
 親とは、そういうものではないのだろうか。

(それが、愛する息子を(くら)(さび)れた井戸に、一人、置いてきぼりにして平気でいられるだなんて……) 

 考えただけでも恐ろしい、アキの両親の異常な心理状態に、ミリアは体が震えてきてしまう。

 気の利いた言葉ひとつも思い浮かばないまま、ミリアは青い顔でただ一言、こう言った。
 
「大変、だったんですね……」

 そういって、申し訳なさそうに俯くミリアを、やはり申し訳なさそうに眺めると、アキは、いつになく明るい口調でこう言った。

「まぁね。でも今はスッキリかな。とはいえ……時々、心無い同朋が絡んでくるのはちょっと、頂けないけどねー」

 そう言って、げんなりと肩を落とすアキを。
 エマは苦笑しながら見遣ると、少しほっとしたような顔をしてこう言った。

「まぁ、あんたが吹っ切れたっていうんなら良かったわ。これからはあまり変なことは考えないようになさい」
「はいはい。あ、そういえばさ、エマは就職の件どうなったの?」
「『はい』は、一回!」

 そう言って、デコピンを繰り出すエマから必死におでこを守りながら。
 アキは、話題を反らそうとエマにそう尋ねる。

 そんなアキの問いに、エマはデコピンの手を緩めると、にんまり笑って得意にこう言った。

「ふふふ……了解を貰ったわよー。今さっきね」
「それは……良かったねぇ、エマ」

 ミリアも、嬉しそうに目を輝かせるとこう言った。

「ほんとに、ほんとに……おめでとうございます!」
「ええ、ありがとアキ、それにミリア」

 そうして、エマが就職できたことを確認すると。
 アキは待ってましたとばかりに机に乗り出し、ニヤリと笑ってこう言った。

「じゃあじゃあ、折角三人集まってるんだし……エマの就職祝いしない?」

 アキのその提案に、ミリアは更に嬉しくなってこう言った。

「いいですね、それ!」

 そう言って、目をキラキラさせてエマを見つめるミリアを。
 エマは困ったように見つめ返すと、諦めた様に視線を外してこう言った。

「明日から仕事なんだけど……しょうがないか、いいわ。付き合おうじゃないの」
「さっすが、エマ姉さん! あとさ」

 そう言うと、アキは更ににんまり笑うとこう言った。

「急なんだけど……明日、グレックも呼んで再会を祝ったりもしたいなぁーなんて、どうかなエマ」
「確かに……っていうか、グレックにも会えたの?」
「ミリアちゃんがね」

 アキに話を振られたミリアは、大きく頷くとこう言った。

「はい、私の家の近くにいらっしゃるみたいです」
「そうなんだ。そうね……約束してたし、いいんじゃない?」

 エマのその一言に頷くと。
 アキは、唇をぺろりと舐めるとこう言った。

「んじゃ、決まりっと。それじゃ、明日……[再開の宴]をこの店で。ってことで……ミリアちゃん、グレッグにそのこと伝えてくれる?」
「はい、任せて下さい!」

 そう言って、自分の胸を力強く叩くミリアを頼もしそうに見つめると。
 アキは、ひとしきり手もみしながら、破顔一笑、こう言った。

「オーケー、それじゃあ改めて。エマの新しい門出を祝して……飲んじゃお、飲んじゃおー!」

 こうして、エマをだしにした就職祝いの宴は夜遅くまで続くのであった。