頭からつま先まで、すっかり水浸しのアキに。
ミリアは心配そうにこう言った。
「アキさん、一旦着替えてきた方が良いかもですね。このままだと風邪ひきそう……」
そう言って、労わるようにアキにハンカチを差しだすミリアに。
アキは、びしょびしょの上着を両指で摘まみ上げながらこう言った。
「だねー。替えの服、乾いてたかな……あ」
そう言うと、アキは思い出したようにこう言った。
「ミリアちゃん、エマは見かけた?」
その問いに、ミリアは大きく首を横に振ると申し訳なさそうにこう言った。
「エマさんは見かけていませんけど、でも」
そう言って言葉を切ると。
ミリアは少し嬉しそうにこう言った。
「グレックさんとはさっき会いましたよ。割と私の家の近くにいらっしゃるみたいで、ちょっと心強かったです」
「お、そうなんだー、うん。良かったね、ミリアちゃん」
アキも、嬉しそうにそう答えると、ミリアが差し出したハンカチで髪の毛を拭きながら上目遣いにこう言った。
「で、ひとつお願いなんだけど。俺が着替え終わったら、ちょっと付き合って貰ってもいいかな?」
「いいですけど、何処へ行くんですか?」
頰に指を当て、不思議そうに尋ねるミリアに、アキは得意げにこう言った。
「うん、エマのことなんだけど。ちょっと心当たりがあるからさ」
そう言って、軽く片目を瞑るアキに。
ミリアは思い出したように手を叩くと、アキを伺うようにこう言った。
「あの、その前に。アキさんが着替えに行っている間、私……市場で買い物していてもいいですか?」
その問いに。
「いいよ、いいよー。たぶん二、三十分ぐらいで戻れると思うから。それじゃ、市場で」
そう言って片手を頭上に翳すと。
アキはゆっくりした足取りで、噴水広場を王城のほうに向かって歩いて行くのであった。
※ ※ ※
「あら、ちょっとごめんなさい」
市場の雑貨店の狭い店内で。
ミリアは身ぎれいな若い女性と肩がぶつかり、そう声を掛けられる。
「あ、すみません」
そう言って軽く会釈し謝るものの、身ぎれいな若い女は、腰まで伸びた豊かな栗色の髪をこれ見よがしに掻き揚げると、疎ましそうに眉を顰めてこう言った。
「あなた、もしかして移住者? 全く……どんくさいんだから」
「ご、ごめんなさい」
反射的にそう謝るものの、ミリアはなんとなくムッとする。
(移住者だからって、みんながみんな、どんくさい訳じゃ……)
そう心の中で言い訳していると、赤毛のストレートボブの女が厭らしい笑みを浮かべながらこう言った。
「イヴォンヌさん、それくらいで勘弁しておやりよ。この芋女、まだ王都に来て数日かそこらなんだろうからさ」
そんな赤毛の女の言葉を鼻で笑い飛ばすと。
栗色の髪の女――イヴォンヌは、忌々し気にこう言った。
「全く……田舎人丸出しの大きなバックなんか持って。私ならそんなものを持って歩くぐらいなら、死んだほうがましですわ」
(死んだほうがまし……?)
母が心を込めて作ってくれた、愛情いっぱいのバッグ。
そのバッグに、「恥ずかしくて死んだほうがまし」と言い放つイヴォンヌ。
そんな、心無いイヴォンヌの言葉に、ミリアは食って掛かってこう言った。
「何も知らないくせに……上辺だけ見て物を言わないで下さい! これは、母が作ってくれた大切なバックなんです! その価値は、あなたになんかわかりません!」
両手に力を込め、そういきり立つミリアに。
イヴォンヌは呆れた顔でこう言った。
「馬鹿じゃないの? 誰に何を作って貰おうが、心がこもっていようがいまいが、ダサいものはダサいの。なんでそんなことも分からないの?」
「そんなの、分かりません! あなたには、心っていうものがないんですか……?」
ミリアのその言葉に、イヴォンヌはきゅっと唇を噛むと、それでも、首を竦めて呆れたようにこう言い放つ。
「……はぁ。だから田舎人は……もう、付き合ってられませんわ」
そう言って、不愉快そうに髪を掻き揚げるイヴォンヌに。
ストレートボブの赤毛の女が思い出したようにこう言った。
「あ、イヴォンヌさん! 今日は確か、コートニー・セヴァリー先生の恋愛小説が入荷する日だったはず。急がないと無くなってしまいますよ!」
「そうだった! 貴方のような文字も読めない田舎者と関わっている暇など無かったんですわ。クラリッサ、行くわよ!」
「はい、イヴォンヌさん!」
そう言って、怒涛のように去って行くイヴォンヌたちの背中を見つめながら、ミリアはぼそりとこう呟いた。
「私、字……読めますけど」
こうして、ミリアの王都での初買物は、波乱の幕開けとなったのであった。
ミリアは心配そうにこう言った。
「アキさん、一旦着替えてきた方が良いかもですね。このままだと風邪ひきそう……」
そう言って、労わるようにアキにハンカチを差しだすミリアに。
アキは、びしょびしょの上着を両指で摘まみ上げながらこう言った。
「だねー。替えの服、乾いてたかな……あ」
そう言うと、アキは思い出したようにこう言った。
「ミリアちゃん、エマは見かけた?」
その問いに、ミリアは大きく首を横に振ると申し訳なさそうにこう言った。
「エマさんは見かけていませんけど、でも」
そう言って言葉を切ると。
ミリアは少し嬉しそうにこう言った。
「グレックさんとはさっき会いましたよ。割と私の家の近くにいらっしゃるみたいで、ちょっと心強かったです」
「お、そうなんだー、うん。良かったね、ミリアちゃん」
アキも、嬉しそうにそう答えると、ミリアが差し出したハンカチで髪の毛を拭きながら上目遣いにこう言った。
「で、ひとつお願いなんだけど。俺が着替え終わったら、ちょっと付き合って貰ってもいいかな?」
「いいですけど、何処へ行くんですか?」
頰に指を当て、不思議そうに尋ねるミリアに、アキは得意げにこう言った。
「うん、エマのことなんだけど。ちょっと心当たりがあるからさ」
そう言って、軽く片目を瞑るアキに。
ミリアは思い出したように手を叩くと、アキを伺うようにこう言った。
「あの、その前に。アキさんが着替えに行っている間、私……市場で買い物していてもいいですか?」
その問いに。
「いいよ、いいよー。たぶん二、三十分ぐらいで戻れると思うから。それじゃ、市場で」
そう言って片手を頭上に翳すと。
アキはゆっくりした足取りで、噴水広場を王城のほうに向かって歩いて行くのであった。
※ ※ ※
「あら、ちょっとごめんなさい」
市場の雑貨店の狭い店内で。
ミリアは身ぎれいな若い女性と肩がぶつかり、そう声を掛けられる。
「あ、すみません」
そう言って軽く会釈し謝るものの、身ぎれいな若い女は、腰まで伸びた豊かな栗色の髪をこれ見よがしに掻き揚げると、疎ましそうに眉を顰めてこう言った。
「あなた、もしかして移住者? 全く……どんくさいんだから」
「ご、ごめんなさい」
反射的にそう謝るものの、ミリアはなんとなくムッとする。
(移住者だからって、みんながみんな、どんくさい訳じゃ……)
そう心の中で言い訳していると、赤毛のストレートボブの女が厭らしい笑みを浮かべながらこう言った。
「イヴォンヌさん、それくらいで勘弁しておやりよ。この芋女、まだ王都に来て数日かそこらなんだろうからさ」
そんな赤毛の女の言葉を鼻で笑い飛ばすと。
栗色の髪の女――イヴォンヌは、忌々し気にこう言った。
「全く……田舎人丸出しの大きなバックなんか持って。私ならそんなものを持って歩くぐらいなら、死んだほうがましですわ」
(死んだほうがまし……?)
母が心を込めて作ってくれた、愛情いっぱいのバッグ。
そのバッグに、「恥ずかしくて死んだほうがまし」と言い放つイヴォンヌ。
そんな、心無いイヴォンヌの言葉に、ミリアは食って掛かってこう言った。
「何も知らないくせに……上辺だけ見て物を言わないで下さい! これは、母が作ってくれた大切なバックなんです! その価値は、あなたになんかわかりません!」
両手に力を込め、そういきり立つミリアに。
イヴォンヌは呆れた顔でこう言った。
「馬鹿じゃないの? 誰に何を作って貰おうが、心がこもっていようがいまいが、ダサいものはダサいの。なんでそんなことも分からないの?」
「そんなの、分かりません! あなたには、心っていうものがないんですか……?」
ミリアのその言葉に、イヴォンヌはきゅっと唇を噛むと、それでも、首を竦めて呆れたようにこう言い放つ。
「……はぁ。だから田舎人は……もう、付き合ってられませんわ」
そう言って、不愉快そうに髪を掻き揚げるイヴォンヌに。
ストレートボブの赤毛の女が思い出したようにこう言った。
「あ、イヴォンヌさん! 今日は確か、コートニー・セヴァリー先生の恋愛小説が入荷する日だったはず。急がないと無くなってしまいますよ!」
「そうだった! 貴方のような文字も読めない田舎者と関わっている暇など無かったんですわ。クラリッサ、行くわよ!」
「はい、イヴォンヌさん!」
そう言って、怒涛のように去って行くイヴォンヌたちの背中を見つめながら、ミリアはぼそりとこう呟いた。
「私、字……読めますけど」
こうして、ミリアの王都での初買物は、波乱の幕開けとなったのであった。