「これ、どうしようかなぁ……一人にはちょっと多いよね」 

 銀行にお金を預け終わったミリアは、市場にある日用雑貨の店を覗いていた。
 袋に入った石鹸の束を手に持って見つめ、ミリアは「うーん」と唸って棚に戻す。
 袋の中には、シンプルな白い石鹸が六個ほど入っていた。

(今、色々と物入りだから、なるべく無駄な出費は減らしたいんだけど、やっぱり必要な物だよね、これ……うーん、どうしよう)

 そんなことを考えながら、もう一度、石鹸の束を手に取るミリア。
 
 と、その時――。

「喧嘩だ―! 喧嘩が始まったぞー!」

 男の、大きな叫ぶ声が聞こえて来る。
 その声に、店の主人が面倒くさそうに舌打ちした。

「ったく。なんだ、なんだ、厄介ごとは御免だぞ……」

 そう言って、店の外に出て行く店主の跡を、ミリアも興味津々といった体で追いかけて行くのであった。



     ※     ※     ※



 市場の外に出ると、市場に隣接する国民の憩いの場のひとつ――通称・噴水広場を中心に、大きな人だかりが出来ていた。
 ミリアは、その人込みを器用に縫って入って行くと、そこでは、一人の男がもう一人の男の胸倉を掴んで吊るし上げているのが見える。

 しかも、あろうことかそのつるし上げられている男というのは――。

「あ、アキさん!?」

 そう言って口元を押えるミリアに、近くに立っている男は気の毒そうにこう言った。

「おや、あの子は嬢ちゃんの知り合いかい? また、とんでもない奴に引っかかっちまったみたいだねぇ」
「とんでもない奴?」
「ああ、あいつは[黄昏のシャーク]って言ってね。夕焼けみたいな赤い頭がトレードマークの、田舎者専門の強請屋(ゆすりや)さ。一度狙われたら身ぐるみはがされるのは免れないだろうねぇ。かわいそうに……」

 そんな恐ろしくも酷い人間が王都にはいることに、ミリアは震撼する。
 
「そんな……そんなの酷すぎます。街の人たちみんなで、どうにかならないんですか?」

 そう必死に尋ねるミリアに、男は、残念そうにこう言った。

「そうは言うがね。もしそんなことをしてみろ。あいつに目を付けられて、家を燃やされたり店を破壊されたりするのが落ちだ。関わらないのが身の為さ」
「そんな……」

 ミリアはもう一度広場を見る。
 見ると、アキは男の手から離れ、噴水の水の中にどっぷりと浸かっていた。
 どうやら、男に投げ入れられたらしい。

 そうして。

 噴水の水の中に胡坐をかいて座り込むアキに。
 アキを水の中に放り投げた男――シャークは、オレンジの頭をくしで整えながらこう言った。

「よう、田舎者。俺の女に手ぇ出しといて、無傷でいられると思うなよ?」

 そう言うと、男はずぶ濡れのアキに掌を差し出してこう言った。

「さあ、出しな。かわいそうな俺への慰謝料、五十ディール(約五十万円)をな」

 そう言って差し出された男の手を、アキは神妙な顔で見つめるのであった。