王都に来てから三日経った、春のある日。

 両親から支度金の一部を貰っていたミリアは、それを銀行に預ける為、街の中心にある市場の方へ行こうと支度をしていた。
 
(そうそう、トイレの紙と……あと、石鹸とかも買っておかないと。この際、食材も幾らか買っておこうかな)
 
 そう思い立つと、ミリアは、母に作って貰った帆布製の大きな袋と小ぶりなリュックをトランクから取り出た。

「うわぁ、素敵なリュックに大袋……」

 小さな色とりどりの小花の刺繡がかわいらしい、帆布製のリュックと大きな袋のバッグ。
 ひとつひとつ、心を込めて刺繍してくれたであろう母の愛を感じ、ミリアは二つの袋――リュックと大袋をぎゅっと抱きしめた。
 それから、もう一度トランクから、今度は自分で作った丈夫なだけの財布と、ハンカチを取り出し、それを無くさないようにリュックの中にしまう。
 
「よし、後はリュックを背負って袋を持てば、完璧ね」

 そう言って、家に作り付けられている姿見の前に立つと、ミリアは大きく頷いた。

「それじゃあ、王都散策と行きますか」

 そう言って、慎重に扉に鍵を掛けると、ミリアは地図を片手に王都の市場目指して歩き出すのであった。



     ※     ※     ※



 赤系の色味の煉瓦が敷き詰められた森のわき道を歩いていると、様々な人に出会う。
 道端でうわさ話に花を咲かせたりしている人たち、道の小脇に()っている木の実や果実をもいでいる人たち、花や薬草らしきものを摘んでいる人たち。
 子供たちは、はしゃぎ遊びながら森の遊び場や学校を目指し、特殊な仕事に従事する大人たちは、そんな子供たちに交じり、ゆったりとした足取りで各々の仕事場へと向かう。
 そんな様子をのんびりと眺めていたミリアは、その中に見知った顔を見つけ、思わず声を上げる。
 
「グレッグさん!」

 そんなミリアの声に。
 グレッグは、その歩みを止めると、片手を上げてこう言った。

「よう、ミリア! 割と早く合流出来たな」

 そう言って、豪快に笑うグレックに駆け寄ると、ミリアは嬉しそうにこう言った。

「本当ですね! そういえば、グレックさんはエマさんとアキさんには会いましたか」
「いや、会ってないな。一体、どこの区画に割当てられたんだか」

 そう言って肩を竦めるグレック。
 ミリアは、ふと思い出したように尋ねて言った。

「そう言えば、グレックさんは何処の区画なんですか」
「俺は、[ブラウの森の裾野、四の四の一]だ」
「あ、ひょっとしたら近いかも。私は[ブラウの森の裾野、二の三の二]ですから」
「そうか、それは心強いな」

 グレッグが白い歯を見せて嬉しそうに笑う。
 ミリアも、胸に片手を当てると安心したというようにこう言った。

「はい! 近くに知っている人がいてホッとしました」

 そう言って、嬉しそうに笑うミリアを眩しそうに見つめると。
 グレックは優しく微笑みながらこう言った。

「そうか、そりゃよかった。おっと、そうだ……住所を交換したいんだが、生憎、紙とペンを持ってなくてな」
 
 そう言って、自分の着ている服のあらゆるポケットを触るグレックに。

「あ。私、持ってます、えっと……」

 そう言って、ミリアはリュックの中を懸命に漁り、中から手帳と万年筆を取り出す。
 そして、手帳のノートのページの端を二枚破ると、ミリアは万年筆と破いた紙をグレックに渡した。

「ああ、悪いなミリア。それじゃあ……」

 そう言って、グレックはさらさらと紙に住所を書いていく。

「よし、これが俺の住所だ」
「じゃあ、私も今書いて渡しますね」

 そう言うと、ミリアはグレックから手渡された万年筆を手に取り、やはりさらさらと、住所を書いていく。

 そうして、書き終わった住所をグレックに渡すと。
 グレックは、それを服のポケットにしまい、ミリアを見て、念を押すようにこう言った。

「いいか、何かあったらいつでも尋ねて来いよ。分かったな?」
「はい、グレックさん。それじゃ、また!」
「ああ、またな!」

 思いがけず見知った顔に出会えてしまった幸福感と共に、ミリアはまたのんびりと市場を目指すのであった。