(やっぱり、こうなるよね) 

 王都に到着したと同時に、ミリアたちは予想通りバラバラになってしまった。
 そんな中、ミリアはというと、王都の入国管理官の一人に呼ばれて、新しく住む家へと案内されていた。

 切り立った岩山を背に、堂々と聳え立つ王城を眼前に。
 城に続く大通り沿いに建つ酒場や市場や広場などを次々と通り過ぎ、気付けば王城の裾にある森の近くまで来ていた。
 そして、森の手前に伸びる、濃淡のある赤い煉瓦が敷かれた小道をずんずん進んでいくと。
 その道の突き当りの左端の区画に、ミリアの新しい家はあった。
 
(あ、島の家より立派な家……)

 赤い色の屋根の、黄色い煉瓦で出来た頑丈そうな家。

(まるで、絵本の中に出て来る家みたいに素敵な家……)

 口をぽかんと開き、小さなかわいらしい家に見とれるミリアを前に。
 入国管理官の男は、小さく咳払いし、注意を自分に向けさせてからこう言った。

「ここが、あなたの家です、ミリア・ヘイワードさん。住所は[スワンの森の裾野、二の三の二]。一応、この木のプレートにも書いてありますが、雨で消えてしまう場合もありますので、ご自身で控えて頂くのが良いでしょう。それと、庭の花壇ですが、花はもちろんですが、野菜も育てられます。科学技術で改良された土が入っていますから、野菜などは一週間もあれば、直ぐに収穫できるでしょう」
「えっ、いっ……一週間で、収穫?」

(嘘でしょ……)

 ミリアは耳を疑った。
 島では、それはそれは丹念に育てて、数か月後に初めて収穫に至る代物である。

(それが、一週間かそこらで出来るだなんて……)

 ミリアは驚きの余り、言葉を失ってしまう。

 そんな、驚きを隠せないミリアなど気にも留めず、入国管理官の男は更に話を続けてこう言った。

「作物の収穫が異常に早いのは、王都では当たり前の話です。慣れて下さい。それと、家の中の設備に関してですが。流し台があって、そこについている蛇口を捻ると水が出てきます」
「水が、ですか? い、井戸が家の中に?」

(家の中に井戸があるってどういう事なんだろう)

 想像力が追い付かず、ミリアは何だか目が回ってくる。
 そんなミリアなど、やはり全く気にする様子も無く。
 入国管理官の男は、どんどん話を続けてこう言った。

「まあ、厳密には井戸ではないのですが。なので、島のように水をいちいち井戸まで汲みに行く必要はありません。それと、コンロも、わざわざ薪をくべたりして火を起こす必要はありません。コンロのつまみを捻れば火が付きます。薪をくべるのは冬の時期に使用する暖炉にだけです」

(つまみを捻るだけで、火が出る――?)

「は。そう、なんですか……」

 とうとう、どう理解すればよいか分からず、ミリアは良く分からないまま取り敢えず頷いて見せる。
 入国管理官の男は、理解不能に陥っているミリアを気の毒そうに見遣るものの、話のスピードは緩めることなくこう続ける。

「はい。そして、トイレと浴室に関してですが……まずトイレは家の中にある個室を使ってして頂きます。汚物は個室内にあるボタンを押せば自動で流れます。そして、浴室ですが……これは、街の中にある公衆浴場を使って頂きます。公衆とはいっても、男性用、女性用と別れていますので、ご安心を」
「は、はい」

(トイレは自動でお水が流れて、お風呂は……そういう大きい施設があるのね)

 これは理解できた、と、胸を撫で下ろすミリア。

 ミリアが理解したことを確認すると、入国管理官の男は、「次は特に大事なところです」と言って、それでもテキストを暗唱するかのように、淡々とこう言った。

「収入の得方ですが。まずは魚釣りで魚を釣って売ったり、香草や薬草、キノコ類、それに木の実などを集めて売るのがいいでしょう。買取は市場で行っていますので後で確認してみて下さい。ほかにも、店の店員として、または職人として、騎士として仕えたり、役人として働くという道もあります。どれでも好きな生き方をお選びください。あ、いい忘れましたが、自分で獲った魚や、自分で取った木の実や薬草、香草、キノコなどは自分の食料として食べて構いません。まあ、そんな決まりもあるので飢え死にするという事は、そう簡単には無いでしょう。ご安心ください」

(えっと、木の実とか香草、薬草なんかは食料やお金になるのね。あと魚釣りも。取り敢えず、これで私は生きていけそう……良かった)

「はい、分かりました」

 ミリアが少し安心したところで。
 入国管理官の男は、コホンと咳払いするとこう言った。

「それでは、ここまでで、何かご質問はありますか」
「い、いえ。特には」

(そう言われても、まだ良く分からないし……その時はもう、街の人に聞くしかないよね)

 そう諦めにも似たため息を心の中で吐くと、ミリアは作り笑いを浮かべて見せる。
 と、そんなミリアを少し気の毒そうに見遣ると、入国審査官の男は大きなため息と共にこう言った。

「ふむ……そうですか。では、一応入国マニュアルをお渡ししておきます。何か分からないことがあればこれを見て下さい。あと、こちらとこちらを」
「これは……」

 森や山や砂浜や、王城や市場、公共浴場や港などの主要な場所が書き込まれた、カラフルな一枚の絵のようなものと、銀色の鍵がミリアに手渡される。

「それは、王都の地図とあなたの家の鍵です。二つとも、絶対に無くさないように」

 そう言うと、入国管理官の男は仕事は終わったとばかりに身を翻す。
 ミリアは思わず反射的にこう言った。

「お忙しい中、色々とありがとうございました」

 そう言って律儀にも頭を下げるミリアに。
 入国管理官は、少しばつが悪そうにこう言った。

「……それでは、良い一日を。ミリア・ヘイワードさん」

 こうして。

 たくさんの分からないことに満ちたミリアの王都での新生活は、これ以上の詳しい説明など一切無いまま、唐突に幕を開けるのであった。