「すごい! 盛り付けだけで、こんなに美味しそうになるなんて……」

 出てきた料理に、エマがそう感嘆の声を上げる。
 イカ墨の黒いパスタに掛かる、カニの身が混ざったカニみそソースと、こんもり乗せられた新鮮なウニ。

「わぁー、ほんとですね。この白身魚のムニエルに掛かった白いソースも、まるでアートみたいです」

 そんなミリアの前には、白身魚と、その周りに円を描くように、白いソースが掛けられている皿が置かれている。
 すでに料理にかぶり付いているアキは、口を動かしながら感心したようにこう言った。

「味も上品だし。なんか、ソースひとつとっても複雑なハーモニーを感じるよね。何が入ってるんだろ……」

 そう言って、もう一度、白身魚にかぶり付くアキを横目に。
 グレックは、非常に庶民的にこう言った。

「島の家庭料理と違って、大味じゃないってのは分かる。美味いな」

 その時、丁度パスタの一口目を食べ終えたエマが、悔しそうにこう言った。

「あー、こんなことになるんなら、メモ帳持って来るべきだったわ」

 心底残念そうに、エマはそう言って食卓に頬杖を突く。
 そんなエマを、ミリアは尊敬の眼差しで見つめるとこう言った。
 
「すごい。勉強熱心なんですね」

 自分とは違い、しっかりとした目標に計画的に取り組むエマを、ミリアは羨まし気に見つめる。
 そんなミリアにアキは片目を瞑って見せると、肩を竦めてこう言った。

「料理のことになると、エマはいつもこんな感じだよ。人も周りも見えなくなる」
「何言ってるの。これくらいしなきゃ、新しい料理なんて編み出せないわよ」

 パスタを口元に運びながら、アキにそう食って掛かるエマに。
 グレックは、魚と野菜の串焼きを頬張りながらこう言う。

「だよな。俺は、練習あるのみだが」
「そうそう。誰もが、あんたみたいにお気楽に生きてるわけじゃないのよ?」

 そう言って、白身魚にかぶり付くアキの額を小突くエマ。
 そんなエマを恨めしそうに見遣ると、アキは話題を変えようとミリアに尋ねてこう言った。

「あ、ミリアちゃんもジャガイモに関してすごく勉強してたりするの?」
「いえ、私は……父が品種改良して作ったジャガイモを植えて育てるだけというか」

 そう言って、恥ずかしそうに口ごもるミリアに。
 アキは、ホッとしたようにこう言った。

「なるほど。そこまで入れ込んでるわけではないと」
「はい。何というか……父の餞別がジャガイモだったので。せっかく貰ったものをただ消費してしまうのは凄く寂しくて。それなら、頑張って育てて増やしてみようかなぁーって。そうすれば、いつも父や、家族と一緒にいるような気になれるかもしれませんし。そして出来れば、種芋も増やしたいかなぁと……」

 そう言って口を噤むミリアに。
 エマが、しんみりとした口調でこう言った。

「そうなんだ。じゃあ、大事に育てないとね、そのジャガイモ」
「はい……」

 そう言って恥ずかしそうに俯くミリアの顔を覗き込むように。
 アキは、思い付いたようにこう尋ねる。

「ところで、その種芋は何個ぐらいあるの?」
「五個です。種芋が五個……」

 指折り数えてそう答えるミリアに、グレックは優しい口調でこう言った。

「そうか、ちゃんと目が出ると良いな」
「はい、絶対に芽吹かせて見せます!」

 そう意気込むミリアに、アキは名案を思い付いたとでもいうように、にやりと笑うとこう言った。
 
「ちなみに、そのジャガイモの名前ってなんていうの? 無ければ君がなずけ親に……」
「[フェルタキング]です」
「え」
「父が、[フェルタキング]って言っていました」
 
 ミリアのその答えに、エマが複雑な表情でこう言った。

「……なんか、食べ応えありそうな名前ね」
「はは、グレックには丁度いいんじゃない? 身体大きいし」

 アキはグレックの背中を叩くとそう言って笑う。
 グレックは、アキの言葉を否定することも無く、素直に頷いてこう言った。

「そうだな、じゃがバターにして食べれる日が待ち遠しいよ」
「ポテトフライが美味しいジャガイモだといいなぁー」

 そう言って、両手を後頭部に当てて椅子にふんぞり返るアキを斜め前に。
 ミリアはにっこり笑うとこう言った。

「それは、出来てからのお楽しみという事で……」

 こうなった以上、失敗する訳にはいかない。
 ミリアは、「絶対に成功させるのだ」と、強く心に誓う。

 と、そんなミリアの心を読んでいるかのように、アキはミリアに片目を瞑ってみせるとこう言った。

「楽しみに待ってるよ……ってことで。話は変わるんだけど。取り敢えずさ、また会わない?」

 そう言って、ナプキンで口を拭いながら、アキがそう言ってにんまりと笑う。
 そんなアキに、グレックが眉を顰めてこう言った。

「明日も会えるだろう、この船の中で」

 その答えに、アキは大きなため息をひとつ吐くと、「分かってないなぁ」とでもいうようにこう言った。

「そうじゃなくて。向こうで、王都でだよ! 港についたらみんなバラバラになっちゃうかもしれないからさ。一応、共通意識として[再会]しようよ、って話」

 アキのその提案に、グレックはきょとんとした顔をしてこう言った。

「言われなくてもそうするだろ」
「私だって。知らない場所で知った顔がいるってのは心強いもの」

 エマも、当然というような顔でそう言う。
 ミリアも、その提案がすごく嬉しくて、心の中で諸手を上げてこう言った。

「私も、皆さんとまた会いたいです! 皆さんの顔を見ていると何故か力が湧いてくるんです!」

 そんなミリアの心から溢れ出た言葉に。
 エマはふっと笑みを零すとこう言った。

「あら、嬉しいこといってくれるじゃない」
「確かに、光栄だな」

 グレックも、満更でもなさそうにそう答える。
 アキも、満足そうに頷くと、事は成ったとばかりにこう言った。

「だねー。ってわけで、そうと決まれば……みんな俺の手の上に手を、ほら、エマも、グレックも、ミリアちゃんも」
「なに? どうするの?」

 その言葉に、エマは困惑しながらも、アキの手の上に自分の手を重ねる。
 グレックもエマの上に片手を重ねて眉を顰めながらこう言う。

「これで良いのか?」

 そして、ミリアもおずおずとグレックの手の上に自分の手を重ねる。
 すると、アキはにっこり笑ってこう言った。

「んじゃ、行くよ? みんなとの再会を誓って……[誓約(オウス)]! ほら、みんなも!」

「お、誓約(オウス)――?」

 と、こうして、一週間後――。

 王都についた四人は、王都の人ごみの中へと散り散りに消えていくのであった。