「俺はお前を愛していると言った。……信じてないのか?」

 そう聞いた黒緋の声は僅かに掠れていた。
 そんな黒緋に鶯は驚いたように目を瞬く。でもすぐに首を横に振った。

「いいえ、信じています。今あなたは私を愛してくれていること、とても伝わってきます。ありがとうございます」

 鶯は嬉しそうに言った。
 嬉しそうに笑んだ鶯に黒緋は言葉を失くした。
 なぜなら、鶯は『今』と言ったのだ。それは今の愛情が時のまやかしになってしまうこともあると危惧(きぐ)しているから。
 鶯は今を信じていた。でも明日は心変わりをするかもしれないと、そう思っているということだ。
 そのことに黒緋は結局信じていないのかと怒りを覚える。
 しかし責めることはできなかった。
 鶯が地上へ落ちる前、天妃として迎えながらも裏切り続けたのは黒緋のほうなのだ。自分が怒りを覚えることすら間違っている。
 だが、それでもと思ってしまうのは身勝手だろうか。

「…………分かった。お前がそう願うなら、そうしよう」
「ありがとうございます! 嬉しいです!」

 鶯の顔が明るくなった。
 こんなことで喜んでくれるのかと思うと愛おしさがつのっていく。
 でも同時にこんなことを鶯の喜びとしてしまった自分に怒りを覚えた。
 だが黒緋は内心の自責を隠し、穏やかな笑みを浮かべた。

「鶯、ここからの眺めは素晴らしいな。お前と見ることができて嬉しく思う」
「私もあなたに見せたいと思っていたんです。私が斎宮にあがったばかりの頃、一人でよくここに来ました」
「そうなのか?」
「はい。白拍子になるまでは下女の仕事をしていたんです。同じ斎宮にいても斎王の萌黄には滅多に会えなくなって、それで寂しくなった時は一人でここに。ここから沈む夕陽を見ていると不思議と涙が出てくるんです。そうすると少しすっきりするようで、明日からも頑張ろうと思えました」
「そうか……。今も涙はでるか?」
「どうでしょう。今は紫紺や青藍がくっついてきますから一人になる時間が減りましたね」

 そう言って鶯がクスクス笑った。
 鶯は萌黄と遊んでいる紫紺と青藍を見つめる。