「鶯、大丈夫?」
「大丈夫ですよ、ちょっと濡れただけです。この子、お腹いっぱいになるとべーってするんですよ」

 鶯が少し困った顔で言った。
 でも困っているのに鶯は幸せそうな笑顔だ。鶯は紫紺と青藍がなにをしていても可愛く見えるのである。

「あははっ、かわいい。赤ちゃんだもんね。鶯、少し替わるよ。私は休んだから鶯もちゃんと休んで」
「ありがとうございます。ではお願いします」

 鶯は抱っこしていた青藍を萌黄にお願いした。
 萌黄は青藍を抱っこし、紫紺にも声をかける。

「紫紺様、こちらに蝶のさなぎがいますよ」
「え、さなぎ!? どこにいるんだ!?」

 紫紺が萌黄のところに駆けだした。
 萌黄は紫紺と青藍の相手をして鶯がゆっくり休めるようにする。
 そんな萌黄の気遣いに鶯も素直に甘えることにした。紫紺も青藍も萌黄に懐いているので安心なのだ。紫紺などは萌黄が鶯の妹であることをちゃんと知っているのである。
 こうして鶯に一人の時間が訪れた。
 それは黒緋にとって絶好の機会である。動くなら今しかない。鶯がなにかを(うれ)いているなら、それを放っておくつもりはないのだ。

「萌黄、しばらく二人を頼む」

 黒緋は萌黄に子どもたちを頼むと少し離れた場所にいる鶯に足を向けた。
 黒緋は自分が緊張していることに気づく。
 自分が誰かに対してこんなに緊張できる男だとは知らなかった。

「鶯」
「黒緋様……」

 鶯が振り返った。
 でも自分たちが二人きりであることに気づくと少し困惑した顔になる。
 黒緋はそれに気づきながらも隣に並ぶ。
 動揺した様子の鶯に黒緋は内心(あせ)った。いつもなら隣に並ぶと嬉しそうにしてくれるのに、鶯は視線を落としてしまったのだ。
 さっきまでは怒っていたように思うが、今は悲しそうに視線を落としている。拗ねているようにも見えるが、鶯の切なげな瞳に黒緋はどうしても焦りを覚えた。

「お前の機嫌をとりたい。どうすればいい」
「え……」

 鶯が驚いた顔で黒緋を見た。
 その反応に黒緋も自分がらしくない焦りを見せてしまったことに気づく。
 妻の機嫌を取る方法などいくつも知っていたはずなのに、そのどれも役に立たない気がしたのだ。