奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

「ありがとうございます」
「では、今夜また」

 後夜祭でドレスアップをしたセシルを、ギルバートは今年も見ることができる。
 まだ、午前中なのに、今夜のことを考えて、ギルバートだって、胸の高鳴りが収まらない。




「これは、何ですか?」

 少し早めのランチタイム。
 たくさんのテーブルが並べられている公園にやって来た一行は、たくさん買い込んだランチをそれぞれに抱えながら席に着く。

 今年もまた、ものすごい量の食事を買い込んでしまったのに、シリルに全額払わせてしまい、ギルバートも申し訳なく思っている。

 シリルは、「気にしないでください」 と、あれよ、これよと、見るもの、気になるもの全てを買い込んでいた。

「それは……シュークリームです。以前、姉上が作ってくれたのよりも、小さめのやつですね」
「ご令嬢がお作りになったのですか?」

「はい。最初の時は上手くペーストが膨らまず、文句をおっしゃっていたのですが、次の時は成功しまして、それを食べさせてくれたのです。もう少し大きくて、手の平に乗せるくらいのサイズでした。今日のは、きっと、豊穣祭用に、一口サイズにしたのでしょう」

 そう言えば、アトレシア大王国に滞在していた時も、ほんの何度か、セシルは全員に料理をふるまってくれた。

 シリルは弟だから、きっと、セシルが挑戦する料理を毎回食べることができるのだろう。なんて、羨ましい……。

 一口サイズのシュークリームを口に放り投げてみると、中からクリームのようなものが出て来て、ギルバートもびっくりする。

「……あっ、クリーム……ですか?」
「いえ。クリームは、こう言った暑さの時には不向きですから、カスタードクリームを使用しています」

 あむっと、シリルも一口サイズのシュークリームを口に入れてみる。

「カスタードクリーム……は、以前にも食べたことがあります。確か……梨のタルトに入っていたと思います」

「そうですか。卵と牛乳と小麦粉を混ぜたものなのです」
「あっさりとして、おいしいです。なにか……少し冷たいですね」

「そうですね。今年から、地下水路を利用し、冷蔵の貯蔵庫を試作しているのです。まだ、本当に小さなものなのですが、そこでは、外温よりもかなり低い温度の場所ですので、ものを冷やしておけるくらいには気温が低いので、カスタードクリームも少し冷たく感じるのかもしれません」

 そして、またも、新たな単語に、新たなコンセプトが出てきてしまった!

「地下水路……に? 冷蔵の貯蔵庫……? えーっと……、以前の視察の時にも、冷蔵庫(仮) のようなものを見せていただきましたが?」

「それは、家庭用や商業用の冷蔵貯蔵庫でして、今回は、建物の下などでできる可能性のある、冷蔵貯蔵庫を開発しているそうなのです」

「はあ……そう、ですか……」

「野菜などを冷やす為のクレイポットや、炭を使用した冷蔵貯蔵庫でも、ある程度、温度を下げることはできるのですが、冷たい温度まで下げることは、この土地では少々無理がありまして。それで、地下水路の方は、山側の方に一つ、設置してみたそうなのです」

「そう、でしたか……」

 またも、ギルバートの知らないところで、新発明、新開発がされている。地下水路など、聞いたことも、見たこともないアイディアだ。

「あの……他、には、なにを……?」
「色々です。私も、毎年、姉上の政策に追いついて行くのが、やっとでして」
「そう、ですか……」

 それも、疑いようはないが……。

「こちらの、アップルパイなど、“ロトベーカリー”が出しているものです。どうぞ、召しあがってください」
「ありがとうございます」

 勧められるままに、ギルバートも手で持てる四角いアップルパイを取ってみた。

「簡単に食べられるデザートはいいですね。移動しながらでも、食べられそうだ」

「はい。それを売りにしています。皿などで配膳せずとも、簡単に買えて、簡単に食べられる、個人サイズ用の食事やデザートを販売しているのです。それなら、領地の民も、お腹が空いた時にお店に寄って、食べたいものを買って、すぐに食べられますから」

「いい考えですね。街頭露店ではなくても、そういったお店からも、簡単な食事が買えるなど、とても便利だと思います」
「私も、そう思います」

 この領地は、あまりに便利なものがあり過ぎて、便利なことがあり過ぎて、どんどん癖になってしまいそうだ。ギルバートの偏見だけではないだろう。

「シリル殿、このようなたくさんの食事とデザートをありがとうございます」

 そして、会話に混ざらず、黙々と食事を続けているクリストフの皿は、すでに空である。

「今年の豊穣祭の食事はいかがでしたでしょうか? 是非、感想などいただけたら、幸いです」
「どの料理も、とてもおいしいものでした。デザートも、おいしくいただいています」

「何か、他の希望などございませんか?」
「いえいえ。私の希望など、滅相もありません。このようなおいしい食事をいただいて、とても満足しています」

 そりゃあ、護衛の仕事をしながらでも、しっかりと食事にありつけ、その上、どの食事もデザートも、とても美味なものばかりなのだから、文句などあるはずもないだろう。

「今年は、去年に出ていた、お肉が入ったパンに似たようなものがありました。今年は、白いパンなのですか?」
「それは、蒸しパンです」

「むし、パン?」
「湯気で蒸したパンのことなのです。去年のパンの肉詰めは、普通に焼いたパンの中に、味付けをしたお肉を挟んだものでした。今年も同じものが売られています。そして、今年の白いパンは、蒸したパンで、柔らかく、もちもちした食感があります」

「確かに。私は、こちらの白いパンの方も好きです」
「ありがとうございます」

 やはり、食レポは、いつものことながら、クリストフになってしまう。

「この領地の料理は、本当に、珍しいものばかりですね。このようなおいしい食事が食べられるなど、幸せなことだ」
「ありがとうございます」

 シリルの返答も嬉しそうだった。きっと、セシルの試みる新政策が喜んでもらえて、シリルも喜んでいるのだろう。

 こういうところは、あの姉弟仲がとても良いことを物語っている。

「露店がたくさん並んでいますが、準備する方は、それはきっと大変だったことでしょうねえ」

「はい。どこもかしこも、てんやわんやでした。食材が足りないとか、分配が行き届いていないとか、保管庫から付け足しが必要だとか、色々です」

「そうでしょうねえ。これだけの規模のお祭りで、大盛況を見せているほどですから、露店商でも、一日がかりの大仕事ですねえ」

「次の日は、大抵、ドッと疲れが出て来るそうなのです」
「わかりますよ、その気持ち」

 うんうんと、随分、親身なクリストフだ。

 騎士団にいると、催しやお祝い事になると、騎士達は食事もなしにコキ使われっ放しだ。王宮の端から端まで歩き回り、それでも足りないかというほど動き回り、果てには、来客や貴賓などの護衛に回され、一日が長いこと。

 超多忙を極めても、次の日は、大抵、休みではない。疲れた体を引きずって、定番の仕事が始まってしまう。

 領地の民の多忙さには、クリストフは同情をみせている。

「あの、よろしかったら、残っている食事の方もどうぞ」
「ありがとうございます。しっかりいただきますので」

 そして、大盛りの皿だったはずなのに、すっかり完食したクリストフは、まだまだ食べられる胃袋が残っているらしい。

「出された食事を残すなど、天罰ものです」
「え? そうなのですか?」
「ええ、そうです」

 ギルバートも、つい、おかしくて、吹き出してしまっていた。