新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

「あの後いろいろあって……食べる機会を失っていたんだ。 でも、 どうせならお前と一緒に食べたいと思って持って来た」
「高橋さん……」
鼻の奥がツーンとしてきた。
あの頃、 ちょうどミサさんの事があって、 高橋さんから突然別れを告げられた。 苦しくて、 哀しくて、 寂しくて……。 
そして、 突き付けられた現実。
高橋さんとミサさんとの間に、 子供が存在していた。
それからと言うもの、 現実を直視出来ないまま……受け入れられず。 それでも、 高橋さんが好きで……。 プレゼントがどうとか、 バレンタインデイのチョコレートがどうとかなんて、 そんな事はどうでも良くなっていたというか、 そんな事を言っている場合じゃなかった。
どうする事も出来なくて……。
でも、 それは……高橋さんも同じだったんだ。
高橋さんも、 ミサさんとの子供の事で凄く悩んで苦しんでいたんだもの。
「遅くなって悪かった……。 このチョコレート、 美味いよ。 ありがとう」
駄目だ。 もう、 泣いてしまいそう。
高橋さんから、 こんな事を言ってもらえるなんて、 夢にも思っていなかった。
諦めかけていた恋。
それでも、 高橋さんのことが好きで……頭では分かっていても、 やっぱり諦めきれなかった。 心の中にずっと秘めておこうと思った、 高橋さんへの想い……。 それが、 時の流れと共に薄れていってしまっても、 今までの思い出に想いを馳せて生きていこうと覚悟を決めかけていたのも事実。 まさか、 こうしてまた高橋さんのほのかに香る匂いに包まれる日が来るなんて。 夢なら醒めないで。
目前に広がるコバルトブルーの海が、 滲んで見える。
不意に、 高橋さんが私を引き寄せた。
「また泣いて。 お前は、 本当に……」
そんな優しい声で、 耳元で囁かないで。