U動物病院の待合室はいつも混み合っている。
隣に座った小学生の女の子が泣きながらケージを抱えていた。
茶色いうさぎが苦しそうに震えている。
かわいそうで見ていられなくて、私は順番を譲ると申し出た。
女の子は会釈をしながら診察室へ入っていく。
しばらくすると、治療されたうさぎと共に女の子が出てきた。
うさぎと同じくらいに目が真っ赤だ。
「診察代は1万5千円なります」
女の子が黙ってうつむいた。
「お金を持たずに慌てて来ちゃったんだね。お家の人に電話してみよっか?」
女の子が慌てて首を横に振った。
受付の女性は丁寧に説明をするが、女の子は頑なに連絡先を口にしようとしない。
ふと、その女の子の脚に青あざができていることに気がついた。
何か嫌な感じがして、私は女の子に声をかけた。
「ねえ、お家の人が来るまでちょっとお話しない?
おばちゃんの猫、ナゴちゃんていうの。お嬢ちゃんは?」
「ふうちゃん……」
「ふうちゃんっていうのね、可愛いうさちゃん。
あなたのお名前は?」
「山本さくら……」
ペットの話を交えながら話を聞いていくと、さくらちゃんは次第にぽつぽつと語り出した。
母親が再婚した事。
再婚相手がうさぎを嫌っている事。
うさぎを守ろうとして、自分も暴力を振るわれた事。
「わかったわ。おばちゃんに後は任せてくれない?」
「でも……」
「お隣になったよしみよ。
おばちゃん偶然お隣に座ったさくらちゃんの事が心配だし、ナゴちゃんもお隣同士になったふうちゃんの事すごく心配してると思うの」
「……うん」
即日、市の児童福祉係員と警察と共に私はさくらちゃんの家を訪ねた。
「――い、家の事に他人が口出しするな!」
「いいえ! 民生委員として私はさくらちゃんを守るためにここに来ました!
さくらちゃんの安全を確かめるまで絶対に帰りません!」
一騒動あったけれど、再婚相手は警察の任意の聴取に同意した。
さくらちゃんとその母親は、市の福祉課で全面的に保護していく方針となった。
「おばちゃん、ふうちゃんを助けてくれてありがとう……!」
いいえ、何のこれしき。
私は町のどこにでもいる隣人のひとり。
だけど、その隣人として子どもたちを守る防波堤でありたいわ。