公衆便所で用をたしていると、隣の個室に誰かが入った。
「一億はM公園の公衆便所の排気口の裏に隠せ。
次の一億はY公園の便所の用具入の中にある箱に隠せ。
俺の一億は今からここの水洗タンクに隠す。
回収は一カ月後だ、いいな?」
その声に出かけていた物も止まる。
う、嘘だろ……。
やべぇもん聞いちまった。
がさごそとタンクの蓋を締める音。
間もなく男の足音が去っていく。
さっきの電話、ヤクザかなんかだ。
関わったらまずい。
今すぐ警察に通報するべきだ。
だが……。
好奇心が勝って隣のドアを開ける。
タンクの蓋をずらすと、黒いポリ袋があった。
検めると百万円の束が十五個とカード一枚。
カジノで使えるプリペイドカードだ。
このカード一枚に八千五百万が?
や、やべぇ……。
マジで手が震えた。
どうすんの俺……?
手ぶらで便所を出た。
ポケットにはプリペ。
偶然にも俺が知っている裏カジノだ。
換金して海外へ飛べば十数年は遊んで暮らせる。
その前に残る二つの公園も確認しよう。
同じプリペだったら持ち出すのは訳ない。
これは俺の人生に訪れた一世一代の大チャンスだ。
翌日、M公園の公衆便所。
便器に登って天井の排気口をずらす。
案の定黒いポリ袋。
中には二千万の現金とカードが一枚。
おおっ!
こんなに上手くいくなら、現金も……。
いや、番号が控えられていたらアウトだ。
その点このプリペには個人や情報を特定する機能はない。
その時カードを持っている人物が金を引き出せるのだ。
Y公園。
便所の用具入に箱がある。
中の黒いポリ袋を開けると、千万円とカードが一枚。
うおっ、最高金額九千万!
三枚で二億五千五百万!
社畜だった俺が今は億万長者!
にやけが止まらねぇ!
俺は気分よく外に出た。
「止まりなさい、遺失物等横領の罪で逮捕します!」
――えっ!?
複数の警官達に囲まれ、いきなり手錠をかけられた。
「なっ、えぇっ!?」
警官が俺のポケットからプリペを取り出した。
「違法カジノのカード、所持を確認!
署で話を聞かせてもらおう」
な、なんで!?
混乱する俺に隣の警官がいった。
「俺の声に覚えがないか?」
あっ、便所の隣人……!?
「このおとり捜査で捕まったのは、あんたでもう三十二人目だ」