『まゆりちゃん、俺が遅刻しないように起こしに来てくれるなんて真面目だね』
『大牙君が不真面目だって思われるのは嫌だなって』
『優しいね、君は。迎えに来てもらえるの、本当に好き』
初めて手を繋いだ時のドキドキを今でも覚えてる。
それと――ファーストキスのことも……
すごく仲が良くて、これから先もずっと一緒にいれる気がしていたのに……
だけど、卒業間際に理由も聞かされないまま唐突に振られてしまった。
彼の背後に黒いスーツの人たちがたくさんいたのが印象的だった。本当はお金持ちのご令息だったのに、これまでずっと隠してたのかな?
『まゆりちゃん、海外に行くことになった。遠距離恋愛したいとこだけどさ、君のことが大事なんだ。だから、どうか俺と別れてほしい』
大事なのに別れるって、いったいぜんたいどういうことなの?
遠距離恋愛が無理っていうわけでもなさそうだし……
全然理由が分からなくって、大好きだった分、心がぽっかり穴を開けたみたいで……
辛くて、ううん、辛すぎて……
何にも喉を通らなくなって体重も減って、頬もこけてしまって……
鏡に映る自分が、高校時代に習った芥川龍之介の羅城門の老婆みたいだなって、漠然と思ってしまうぐらい。
卒業式が終わって大学の入学式を迎えてからも、しばらくの間、立ち直れずにいたけれど、教師になるっていう夢を追いかけながら単位を取るのに邁進していたら、人間って忘れる力が強いんだろうね、心の傷は完全には癒えなかったけれど、だんだんと思い出す回数は減っていった。
だけど、大牙にフラれて以来なんだか恋に臆病になってしまって、社会人になって国語の高校教師として働きはじめてからも、なかなか男女交際に発展することはなかった。
生徒と関わる仕事はどうにも好きで、今となっては新任教師に指導をする立場になったけれど、それでもやっぱり恋には臆病なまま。
(大牙くん以上の人がなかなか現れてくれない……)
とはいえ、いよいよ三十歳も目前の二十八歳。
地元に住んでいる両親からは早めに結婚しろと迫られてしまっていた。
困っていた時、声をかけてきたのは同僚の牛口先生だった。五歳年上の彼は、どうしてまだ結婚できていないんだろうって不思議なぐらい、清潔感に溢れていて、しっかり真面目で、仕事もそつなくこなし、生徒たちからの信頼も厚い存在だ。
どうやら牛口先生も親から結婚を迫られているらしく、同じ立場だからせっかくだから結婚しないかと話を持ちかけられたのだ。
とんとん拍子で話が進み、親との顔合わせも済んだ頃、近くのラブホテルに寄っていかないかって牛口先生に誘われたんだ。だけど、まだ交際して日も経ってないし……なんだかどうしようもなく大牙君の顔が浮かんでくるものだから……だから、ごめんねって謝ったら、それ以来、なんだか彼がよそよそしくなってしまった。
職場で顔を合わせても無視されちゃうなって思っていたら……