こっちに来ないで!
一瞬、そう思ってしまった。
もし、健斗君だったら乗り移れないかも、なんていう事はもう、頭から消え去っていた。
お願い、わたしをこれ以上、怖がらせないで!
強くそう念じたとたん、右の手首が熱を持った。
あ、健斗君が来たのだと、はっきり自覚した瞬間、部屋のよどんだ『気』の流れが、一気に変わった。
熱い。
手首と両肩が、異常な熱を発している。
内側からじりじりとその熱が広がって、わたしの体全部が高熱で溶けそう。
あの、黒くて冷たい『何か』が、急激にその勢力を弱めたのを確認する。
そして、わたしの体が一気に『加速』した。
おじいちゃんの家へ引き取られる時、初めて乗った飛行機を思い出す。
離陸する時のように、きーんと耳鳴りがして、思わずつばを飲み込む。
強制的に後ろ、というか斜め下に引っ張られるような感覚。
ぐぐっと思いきり強く加速した状態をしばらく体感した後。
......体がふっと軽くなった。
助かった。
危険な『何か』から無事に逃げ出すことができたのはわかった。
そして、健斗君がわたしの右手首に乗り移ったことも。
言われたことを忠実に守って、どんなに怖くてもただ黙って目をつぶり、身動きせず、叫びださなかったわたしはすごいかも。
あまりの怖さに目は開けなかっただけ、なんだけど。
恐怖からも、強烈な熱や加速からもやっと解放されたわたしは、限界を超えていたらしく。
すとん、と、意識が途切れた。


