「あのブルートユング(血染めの若者)と?」
「えっ、何それ!?」

 20歳で成人を迎えるオーストリア大公。

 だが、異例の18歳で成人となり、オーストリア帝国の若き皇帝となったフランツ・ヨーゼフ一世。

 彼が即位したのは、メッテルニヒ体制が崩壊し、先帝フェルディナント一世が退位する1848年の革命の真っ只中のことだ。

 統治下にあるイタリアやハンガリー、チェコで独立運動が起き、新皇帝は次々と帝国内に軍隊を派遣し、動乱を鎮圧する。

「オーストリア帝国の青年皇帝は、即位してすぐに大勢の反逆者を粛清している」

 特に、ハンガリーでは114人のマジャル人の要人を粛清した。

 引退していたハンガリー元首相バッチャーニュ伯爵を跪かせて射殺し、同日、安全を保証されていたはずの13人のハンガリー将軍を柱にくくりつけて処刑した。

 世界中にショックを与えたフランツ・ヨーゼフはブルートユングカイザー(血染めの青年皇帝)と恐れられていた。

「……そんな怖い人とネネ姉さまが結婚するの?」
「ああ、このままではそうなるな」

 ショックで慄くエリーザベトに空返事をしながら、アントンはミュンヘンからウィーンへの最短ルートを考えていた。

 今からウィーンへ向かい、自分の目で様子を確かめたい。

 もうすぐ正午を迎える。すぐ出立しなければ、夕方までにウィーンに到着できない。

 焦るアントンは、エリーザベトの様子になど構ってる余裕はなかった。

「では、エリーザベト公女、これにて失礼しま──」

「私が、ネネ姉さまと皇帝の結婚を阻止するわ! 絶対に!」

 エリーザベトが、まるで宣戦布告でもするかのような勢いで、言い放った。
 
「は?」

 アントンは思わず呆然とする。

「止めるって、どうやって?」

「ど、どうにかよ! とにかく阻止するの!」

 意欲があっても、無策では期待できまい。
 時間の無駄だとアントンは、会話を切り上げウィーンへ向かう。

  この時は、皇帝とヘレーネの結婚を阻止することなど不可能だろうとアントンは思っていた。
 運命の悪戯が、歯車を狂わせるとは知らずに──。