大公妃ゾフィーは濃紺の椅子に身を委ね、こめかみを押さえた。
 妹のルドヴィカと綿密に準備した見合いが、砂上の城と化した。

(あの時、エリーゼお姉さまが協力してくださっていたならば……)

 ゾフィーは、深々と溜息をつく。
 ただでさえ血の濃いハプスブルグ家。
 初代オーストリア皇帝フランツ一世の従兄妹婚で生した子に重度の障害や夭折が相次ぐ。
 世継ぎが羸弱なフェルディナント一世とフランツ・カール大公の二人と、後継者不足に陥った。

 だからこそ、手塩にかけて育てたフランツ・ヨーゼフの妻には血が離れた高貴な王家の姫が良かった。

 当初の計画ではフランツ・ヨーゼフの妃として、プロイセン国王フリードリヒ・ヴィルヘルム四世の姪にあたるマリア・アンナ王女を据える予定だった。

 美貌の王女と名高いマリア・アンナをフランツ・ヨーゼフに引き合わせた所、二人の間に好意的な感情を芽生えさせることに成功した。

 マリア・アンナはすでに婚約が決まっていた。だが、相手は亡き妻のことが忘れられない16歳年上のヘッセン大公国の公子。婚約は内密に決まってはいたが、まだ公にはなってない。

 交渉の余地はいくらでもあった。

 ゾフィーはプロイセン王妃である姉のエリーゼに縁組の根回しを依頼した。
 好戦的なフランス皇帝ナポレオン三世の対応で、溝が生まれたオーストリアとプロイセン。両国の関係改善をこの縁組により図ることができる。

 しかし、エリーゼは女性が政治に介入すべきでないと、ゾフィーの願いを拒絶した。

 頼りにならない夫を見限り政治手腕を振るい、帝国の臣民たちに“宮廷内のただ一人の本物の男”として畏怖されるゾフィー。
 女は貞淑に夫に付き従うものだという、旧弊な考えに支配されている姉に、ゾフィーの生き方は理解できないようだ。

 プロイセン王家との縁組に失敗した帝国は、皇妃に相応しい王女をヨーロッパ中を探すが見つからず。敢え無く実家のバイエルン王国の伝手で格下の公爵家に、声をかけることになった。