教室に入ると廊下側に綾瀬 桜が
隣の男子と楽しそうに会話していた。


クラスメイトだが、名前は覚えていない。


男子とは普通に会話できる人なんだ。


亮輔が
自然の流れで静かに
桜の後ろの席に座った。


雪は、
通り過ぎて、窓際の席に移動する。


後ろから、椅子を動かす音が聞こえた。


桜が声をかけてきた。


「えっと、漆島くんだよね。」


「…あ、ああ。」


「これ、落ちたよ。」


 バックにつけていた猫のストラップが
 鈴とともに桜の席に落ちたらしい。

 内心ラッキーと思った。


「あ、ああ。
 俺の。ごめん。
 ありがとう。」


「猫、好きなんだね。
 それ、
 アメリカンショートヘアでしょう。」

「これ、ガシャポンで取ったもので…。」

「私も持ってるよ。 
 そのシリーズ。
 私は…
 スコティッシュ・フォールドかな。」

「へ、へぇー。そうなんだ。」

 会話が繋げられない。
 せっかく話しかけてくれたのに。
 チャイムが鳴った。


「あ、ごめん。
 んじゃ。」

 桜は席に戻って行った。
 
 隣の席の男子がよく見えないが、
 また桜に声をかけていた。
 
 かなり仲が良くなっている。
 誰だっけかなと頭をひねるが
 思い出せない。

 思い出したくない過去かどうか
 さえもわからない。

 消しゴムで消したように
 雪の頭の中で顔が消える。

 頭痛がした。


 
◇◇◇

 昼休みになって、亮輔が、
 購買に行こうとジェスチャーを
 送ってきた。

 視線の先はいつも亮輔の前に桜がいる。
 ちらっと目が合うたびに
 ぐーと視線をそらす。

 恥ずかしくなる。


 雪は、桜を見てるのではなくて
 亮輔を見てるんだと思いたいというか
 アピールしたかった。

 こちらの気持ちを知られたくない。

 バックから財布を取り出して、
 ズボンのポケットに入れると、
 左の隣の女子から声をかけられた。


「漆島くん。
 レシート落ちたよ。」

 コンビニで肉まんを買った時の
 レシートだった。

「あ、ごめん。
 わるい。さんきゅ。」

「そこの肉まん美味しかった?」

「え、ああー。どうだったかな。
 普通だったよ。」

「あ、そう。」

 隣の女子。
 名前は谷本 ひな(たにもとひな)
 今日、初めて会話した。
 ずっと休み時間は音楽を聴きながら
 読書するタイプ。
 ぼっちを堂々と堪能するやつだ。

 顔は可愛いのに人に馴染むのは
 苦手なのか。

 隣ということもあり、
 気を遣って会話する。


「それ、何読んでんの?」

「これ?」

「電子書籍とかじゃないね。」

 谷本は本のカバーをめくった。

「あ。」

「ライトノベル。」

「あーー、そういうの読むのね。」

「っと見せかけて、漫画本。」

「え?」

「活字読むの苦手なの。」

「あー、あーーー。そう言う感じ。」

 雪は、苦笑した。
 予想外の回答に面白かった。

「……。」

 本に没頭する谷本。
 雪は、気にせず、亮輔の手招きに
 誘われて、購買に行く。

 亮輔の隣に桜がいることを意識しながら
 廊下へ進む。

 廊下から桜を見ると、
 お弁当を広げて、
 ご飯の上にピンク色の
 さくらでんぶが乗っているのが見えた。
 なるほど桜の名前だけにかと
 くすっと笑えた。

「雪、何、笑ってるんだよ。」

「いや、なんでもねぇ。」

 今日の購買はカレーパンの日だ。
 ゴロゴロ牛肉が入っている人気のパン。
 亮輔はそれ目当てに購買に行く。

 雪は付き合いでついていく。

 お弁当を持ってきていても、
 購買のパンを追加で食べることもある。

 中学の時は細くて全然食べられなかった。

 男子はがっちりと筋肉がある方が
 いいと聞く。
 
 頑張って通常よりもモリモリと
 食べるようにしていた。

 どうしても、
 ガタイのいい亮輔と一緒にいると
 細いのと太いのと言われてしまう。

 あまり差がないようにしたいと
 高校になってからは筋トレの回数を
 増やしていた。


 男子たるもの女子と同じくらい
 モテるためには努力は惜しまないと
 思っている。

 お目当てのパンを買って
 教室に戻ると鼓動が早くなる。
 前の入り口そばにはいつも桜が
 座っている。

 入るたびに緊張する。

 見られているような気がして 
 ドキドキする。

 そんなことはあるわけない。

 妄想がすぎるかもしれない。
 
 隣の顔を思い出せない男子と
 仲良く話しているのを見て嫉妬する。

 女子の友達はいないのかと
 ツッコミたくなる。 

 余計なお世話だとは知ってるが、
 頭の中ではいろんなことを考えている。

 ベランダに行って、
 亮輔と隣同士にお昼を食べた。

 
 屋上のカザミドリがカラカラと
 動いてるかと思ったら、
 無風のようで全然動いていなかった。



 母の作ったお弁当の唐揚げが
 美味しかったが、
 何だか寂しかった。