亮輔と桜がいない教室の苦痛を感じる
雪だった。
清々しい春だと言うのに、心は荒んでいる。
台風並みだ。そんな季節じゃないのに。

雪は、春が嫌いだった。
雪という名前で、春に雪が積もっていることに
気嫌いする人もいる。
スキー場の雪はジャリジャリで滑りも良くない。増してや、桜と一緒に落ちる雪なんて、
春なんだか、冬なんだかどっちなんだよと
ツッコミたくなる季節だ。

自己紹介が始まるホームルーム。
目を瞑りたい。
緊張のあまりクラスメイトの名前が
頭に入らない。
自分の番になると
適当に名前と好きな教科を言って、
すぐに座る。
余計なことは喋らないと思ったら、
石川亜香里に変なことを言われる。

「女の子みたいな雪ちゃんでーす。」

と笑いながら言う。茶化された。

クラスメイトたちもノリで笑っている。
もちろん、菊地雄哉も同じ態度。
唯一、反応しなかったのは瑞希だけ。
面白くもなんともないって思っていた。

瑞希は、頬杖をついて、
嫌な雰囲気だと窓の外を見ていた。

下を向いて、すぐに席に座った。

なんでこんな目に遭わないといけないのか。

早く一年よ終わってくれとさえ思う。

ようやく、長い1日が終わり、帰り支度をしていると、じっと石川亜香里が近づいてきた。

「ねぇねえ、雪ちゃん。
桜と付き合ってるって本当?」

会話もしたくないが、無視も良くないかと
頷いた。

「えー、そうなんだ。
ちょっと、待って。
どこまで行ったの?
チューした??」

笑いながら、どんどん失礼なことを聞いてくる。なんでそんなこと言わなくちゃいけなんだ。

「黙ってるってことはしたんだ。
ムッツリだねぇ、雪ちゃん。
ほらほら、聡子、雪ちゃんに先越されるよぉ。
彼氏作らないと!!」

石川亜香里の友達だろうか、近くにいた聡子というクラスメイトに声をかけていた。

「うそぉ。マジで。
こんな女の子みたいな雪ちゃんに先越される?
私も急いで、彼氏作らないと。ねぇ。」

キャハハと女子の笑い声が教室内に響いていた。窓際の席にいた瑞希はあまりいい顔をせずに黙って、バックを肩に乗せて、教室から出ようとした。

「ちょっと、双子の妹!!
黙ってないで、話しなさいよ。
言いたいこと山ほどあるって顔しているよ。」

石川亜香里は、教室を出ようとする瑞希に声をかけた。

「…私は、別に。」

「へぇ…。前に瑞希も付き合ってなかった?
双子して、雪ちゃん取り合うなんで、不潔ぅ。
女の子なんだから、優しくしてよ?
最後までしたかどうか知らないけどさ。」

「……。」

瑞希はなんでそんなこと言われなくちゃいけなんだと怒りを見せて、黙って立ち去った。その様子を面白がる石川たちは、気持ちが冷めたのか、教室を出て行った。

雪は、何も言えずにずっと席に座っていた。

男なのに、何も言い返せない。
強いところを見せたいのに見せられない歯痒さが悔しかった。

「ちくしょ…。」

小声で握り拳を作る。
そこへ、隣のクラスの桜が教室内に入ってきた。

「雪、大丈夫だった?」

「…うん。まぁ、なんとか。」

全然大丈夫じゃなかったが、
桜に心配させないようにと
何ともない素振りを見せる。

「そ、そう。それなら、よかった。
んじゃ、行こう。部活あるけど、
途中まで一緒に行こう。」

「あ、ああ。」

バックを肩に乗せて、隣同士に歩く。
昇降口隣のラウンジに向かった。
部活までのほんのちょっとの時間。
2人で軽く話すのが唯一、ほっと安心できる。

「大丈夫なら安心したよ。
亮輔くんも心配してたからさ。」

「……。」

 缶コーヒーを手の中にコロコロして、
 ぼんやり過ごす。
 本当のことを言えない自分、
 これでいいのかと自問自答だ。

「あ、そろそろ時間だ。
もし、部活の終わる時間一緒だったら、
一緒に帰ろうよ。」

「ああ、一緒だったらな。」

雪は強い自分を演じてみた。
本当は、学校なんて来たくもない気持ちで
いっぱいだった。
これから陸上部で走りの練習だ。
50mの短距離走。

立ち去る桜の後ろ姿を
ずっと眺めていたいと思いながら
校庭に向かった。