平和に過ごせるのも
高校デビューというチャンスが
あったからだ。


雪は、この可愛らしい名前に
コンプレックスを抱いていた。

女の子みたいと女子にからかわれて、
告白しても、無理とあっさり言われる。

肌が絹のように白く、
男のなのに、ひげもあまり生えない。
足の毛もサラサラで目立たない。
唯一、男の子らしい象徴を出しているのは、
喉くらいだ。

下ネタだと勘違いした人は、
ちょっと見ているところが違う。

高校生にそんな変な話をするわけがない。

思春期は変化あって、
悩むことが多い。

声がだんだんと低くなっていく。

可愛い声で合っていたのにと
母や妹に言われていたが、
男は低い方がいい。

個人的にはそう思う。

雪は、コンプレックスが多かった。

でも、高校をきっかけに男らしい容姿を
目指すべく、
SNSや今流行りのファッションや
髪型を研究した。

中学3年の時に好きだった子に
告白してから
気持ち悪いと女子にいじめられて、
不登校にまで追い詰められたが、
毎日彼女のように
自宅に足しげく、通ってくれた
亮輔のおかげで
高校受験を受けることができた。


雪にとって、黒歴史のようなものだ。

簡単に人を信用してはいけない。

でも、好きになるならないは別。

関わり方は慎重にしようと思う。

でも、高校1年生からは
自分じゃない自分に生まれ変わった。

高校デビューというやつだ。

春休み中に鍛えた筋肉と
黒縁メガネからコンタクトに変えて、
理容室から美容室に変更した。

今流行りのかっこいい髪型に
カットしてもらった。

前髪のセットの仕方を
担当の男性美容師 佐々木さんに
細かく聞いた。

ワックスの付け方は
サイドも忘れずに考える。


放課後の通学路で、
前髪を気にしながら、亮輔と歩いた。


高校から
最寄りの駅までは
徒歩で30分かかる。


「雪、今日どうだった?」


「どうって?」


「好きな子いたか?」


「もう、その話?」


「全然。」


「嘘だ。
 双子のあの子たち興味ないわけ?」


「えー、亮輔。
 あの2人狙うの?
 人気高そうじゃん。」


「いやぁ、だって席近いし。
 可愛いじゃん。
 俺、どちらかといえば
 妹の方が良いけどさ。
 性格ね。」


「ふーん。」
(俺も気にはなってるけど、
 周りの男子の反応も気になるな。
 って、好きになるのに
 他人の評価は関係ないけど…。)


 雪は、頭に手を組んで空を見る。
 飛行機雲が南の空に伸びていた。
 

「でもよー、無事、高校デビューできて
 良かったな。
 隣のクラスに同中の女子いたけど、
 お前のこと全然知らない人みたいに
 見てたぞ。」


「えー、そう。
 誰のこと?」


「石川亜香里《いしかわあかり》って
 やつ。」


 雪が中学の時にまさに告白して
 バカにしてきた女子だ。
 
 まさか、同じ高校に入っていたとは
 知らなかった。


「あー、そうなんだ。」


「一緒のクラスじゃなくて良かったな。」


「…まぁな。
 ……あ。」


 駅に向かって歩いていると
 大きな橋のところで
 噂をすれば、双子の姉妹が仲良く
 並んで歩いているのが見える。

 雪は、亮輔の腕をつかんで
 進行をとめた。

「な、なんだよ。
 あ、あの2人。
 一緒の電車乗るのかな。」

「良いから。
 ゆっくり歩こうぜ。」


「なんでだよ。
 話しかけるチャンスじゃん。」


「もう少し場慣れしてからでも
 遅くないって。」


「じれったいな。
 学校以外で話しかけるチャンスなんて
 下校の時しかないんだぞ。
 学校内で他の奴らに見られたら、
 冷やかされるし。」

「そ、そうかもしんないけど…。」


 わぁわぁと歩道の真ん中で
 揉み合っていると、
 横をさらりと1人の女子が通り過ぎる。
 
 石川亜香里だ。

 こちらの様子など気にもせず、
 黙って過ぎ去っていく。
 亮輔も何も言えなくなった。


 遠くに行く亜香里を
 2人は、とまって眺めていたら、
 双子の姉妹の桜と瑞希に
 話しかけていた。


 先を越された。
 もう今日はアクションを起こすのを
 やめようと決心した瞬間だった。


 冬じゃないのに
 木枯らしのように目の前を風が吹く。


 亮輔は雪の肩に腕を乗せて、
 酔っ払いのサラリーマンのようになった。


 駅には向かわずに
 コンビニに立ち寄って、時間潰しをした。

 一緒の時間の電車に乗るのを
 避けるためだ。


 ホットスナックを眺めて、
 肉まんを買うことにした。


 春でも雪が降る
 4月に食べる肉まんは
 一層美味しく感じた。