日が傾きそうな時間。

雪は、買ったばかりの
スニーカーを履いて
ハードルを飛び越えていた。

トラックに並べられた
5個のハードルを何度も飛び越えた。

時々、つま先でひっかかる。
倒れてもタイムが大事だ。

今の心も少し似ていた。

何かにひっかかっていても
前に進まなくてはいけない時がある。

立ち止まらない。

時間は過ぎる。

陸上部に所属していたが、
雪はハードルが嫌いだ。


ウォーミングアップで
使用されたりする。

様々な経験が大事だと、顧問の指導だった。

主に50m走を中心に走っている。

ハードルがあるのとないのとでは
だいぶ違う。

障害物を避けないといけないのだ。

煩わしいさを感じる。

走り終えると息が上がった。

今日は汗をたくさんかいた。

夏が近づいてきていたからかもしれない。

ペットボトルの
スポーツドリンクが美味しく感じた。

グランドから
昇降口から校門へ桜が帰宅するのが見えた。

タオルで額の汗を拭いてから
もう一度校舎側を見た。

どうしても、気になるんだろうな。
無意識に目を向けてしまう。

数十メートルは離れてる。
こちらが見てるなんて
わかる訳ないだろうと
またタオルで汗を拭いた。

視線を感じた。

大きく右腕を何度も振る桜がいた。

こちらの姿を見えたのか他の誰かに
手を振ったのか。
それらしい人はいなかった。

(俺に向かってなのか…。)

他の部員にバレないように小さく手を
振り返した。


桜はニコニコ笑っているように思えた。


何も話していない。ただ手を振っただけ。


手を振っただけで繋がった気がした。


まだ解決してない金城深月を思い出す。

ため息をついた。


隣で試合をしているサッカー部の
ホイッスルの音が響いた。

バサバサとカラスが飛び立っていった。



◇◇◇

 
  ヘッドフォンでバラードの音楽を
  勉強机に宿題を広げて聞いていた。

  ペンをクルクルと回す。

「桜? クラスって慣れてきたんでしょう。
 好きな人っているの?」

「何よぉ、それ聞くってことは、
 瑞希はできたの?」

 2段ベッドで部屋を分けていた2人。
 お互いに顔は見えない位置で声だけ
 聞こえた。宿題しながら話していた。

「んー、そういう訳じゃないけど、
 同じクラスで名前が同じで
 漢字違うんだけど
 金城深月さんっているのね。
 友達になったんだけど、なんだっけなぁ、
 漆島 雪って人にアプローチ中なんだって。
 知ってるよね?」

「あー、漆島くん?
 そう、同じクラスだね。
 私と。」

「聞いたよぉ。
 なんか、付き合ってるとかなんとか。
 本当なの?」

「え?付き合ってないよ。なんで?」

「だって、駅で一緒にいたって
 噂で聞いたらしいよ。
 イチャイチャしてたとか。
 初耳なんだけど。」

 桜はため息をついて、誤解だということを
 説明した。

「そういうわけで、イチャイチャしていた
 わけじゃないよ。
 付き合ってないし!!」

「えー、なんだ。
 違うの?
 でもさ、桜、一緒にいて
 拒否らなかったんでしょ?
 嫌いではないよね?」

「……わからない。
 どうなのかな。」

「漆島くん、
 良いなって言う子多いらしいよ。
 肌が白いし、優しいもんね。
 ライバルは多いかも?
 私は隣のクラスだから詳しく
 知らないけどね。」

 桜は持っていたペンを机に置いた。
 窓を開けて外の夜空を見た。

 雪は、優しいのはもちろん、
 一緒にいてなぜか安心する存在だった。

 オリオン座がチカチカと光っているのが
 見えた。

 何にもしていないのに
 ドキドキがとまらない。

 明日も会えるんだろうなと
 楽しみになってきた。

「また、好きな人かぶらないといいね。」

 瑞希は後ろから桜に声をかけた。

「え、うん。
 それはもちろん。」

「もし一緒になったら、
 一緒に告白ね。」

「何、それ。」

「まぁまぁ、私はお風呂タイムでーす。」

 双子じゃなければよかったのにと
 切実に願った。

 瓜二つで顔が似てる。

 好きなものも一緒のことが多い。

 今回もまさか一緒なのかと
 そわそわとした。

 桜にとって、
 眠れない長い夜になりそうだ。