『相原さんの件』をちゃんと説明しようと、気持ちを新たにした私。

「颯真君」

「おう!」

「今日、私たちの教室前に来た相原さんの事、整理しながら、きっちり説明するから聞いてくれる?」

「あ、ああ……頼むよ」

真剣な表情の私に、颯真君、気圧(けお)されたようになる。

「あの人の名前は、相原亮(あいはら・りょう)さん、私達と同学年でクラスは違う。私は全く知らない人だった」

「そ、そうか」

「相原さんは陸上部に所属していて、海斗君とは部活仲間。普通に親しいけど、深い付き合いじゃないって、海斗君からは聞いた」

「な、成る程」

「海斗君、相原さんからいきなり相談されたって。それに相原さん、事前に私の事、他にも何人かに聞いたらしいの。私に彼氏が居るのか? って。同じことを海斗君へ聞いて来たんだ」

「な、なにぃ! 凛ちゃんに彼氏が居るのか? って! あ、あのヤロー!」

わお!
颯真君、怒ってる?

もしかしたら私の事、心配して?

でも、まずはひと通り説明しないといけない。

「颯真君、お願い。とりあえず、最後まで私の話を聞いてくれる?」

「お、おお、分かったよ。しばらく、黙ってる。……質問は後にしよう」

「ええ、本当にお願い」

良かった!
颯真君、クールダウンしてくれた。

「それで海斗君、私に彼氏が居ないことは知っているんだけど……無責任な事は言えないし、『自分で聞けば』と、相原さんへ答えたんだって」

「むうう~」

ああ、颯真君、唸ってる。
でも、私との約束を守って黙って聞いてくれている。

私は話を続けて行く。

「海斗君の言葉を受けて、相原さん、私たちの教室前に来たの。いつも、遥、海斗君3人でランチしているのに混ざり、私と話をしたいってね、誘われた」

「……………」

「海斗君はね、いきなり強引すぎるぞって止めたけど、相原さんは聞き入れてくれなかった」

「……………」

「相原さんの強引さに遥は完全に怒っていたし、海斗君にまで矛先が行った。私も、はっきり誘いを断ったわ」

「……………」

「でも、相原さんは、なおも引き下がらなかった。私が困っていたその時、颯真君が来てくれて、助けてくれた……本当に嬉しかった!」

「……………」

「颯真君がしっかりと言ってくれたから、相原さんは自分の強引さを反省して、引き下がってくれた。私達3人にきちんと謝罪もしてくれた。でも完全に諦めてはないみたい、私に興味があるって言ったから」

「……………」

「相原さんが去っても、遥は凄く怒っていて、海斗君に相原さんにもうあんな事をしないよう申し入れしてと言い、海斗君もOKした」

「……………」

「その後、颯真君にすぐお礼を言おうと思って捜したの。遥も付き合ってくれて一緒にね」

「……………」

「学食、売店、屋上を回っても、見つからないので、クラスの子に聞いたら、颯真君は早退したって聞いた」

「……………」

「最後は授業終了後、里谷先生にも聞いた上で、明日にお礼を言おうと切り替えた。それで、帰宅したら、途中の公園で颯真君に会えた……という経緯かな」

これで私の話は終わり。
しっかりと事実を伝えたつもり……
だけど颯真君、どう言うのだろう。

「………凛ちゃん、話してくれて、ありがとう。事情は良く分かったよ」

私には予感がする。
ここがターニングポイント。
私の初恋がどうなるのか、大切な分岐点だって。

否!

『自分の人生の大切な分岐点だ』と予感した私は、
大きく息を吐き、颯真君の言葉を待った。

颯真君はまっすぐに私の目を見つめる。
ひどく真剣な表情であった。

「話は良く分かった。それで、俺は凛ちゃんに聞きたいんだ」

「私に? 聞きたい?」

「ああ、俺は凛ちゃんを守ると約束した」

「え、ええ! そうよ! 颯真君は10年前に私を助けてくれた。そして、今日も助けてくれた! 約束をしっかり守ってくれたわ!」

思わず声が大きくなってしまった。

そんな私を見て、颯真君は顔をしかめる。

「ああ、でも」

「でも?」

「凛ちゃんの方はどうなのかなって……」

「え? 私の方は? どうなのかなって……」

「凛ちゃんは俺に守られる事を本当に望んでいるのかなって、思うんだ」

「ど、どういう事?」

意味が全く理解出来ず、私は思わず「まじまじ」と颯真君の顔を見つめた。

私に見つめられ、颯真君は、ばつが悪そうに視線を外す。

「相原というのがどういう奴か、俺は知らない」

「……………」

「でもあいつが真面目に凛ちゃんと付き合いたいと思ってるとしたら、俺は単に邪魔をしたんじゃないかって思うんだよ」

颯真君が邪魔をした!?

「ああ、俺は凛ちゃんが恋する人と『出会う』のを単に邪魔したんじゃないかと思ってな……あいつ、そこそこカッコいいし、最後には自分の無礼を謝ったんだろ?」

「颯真君……」

「凛ちゃんが、望まないのなら、俺はお邪魔虫さ」

私が颯真君に守られる事を望まない!?

颯真君はお邪魔虫!?

そんな事ない!
あるわけがないっ!!

「話はそれだけ?」

自分でも分かる。
……今、私は相当怖い顔をしているって!

颯真君、少し引いてる?

「あ、ああ……それだけだ」

でも……私は言う。
言わずにはいられない!

「そんな事、あるわけないじゃないのっ!」

思い切り叫んだら……いきなり、どっと涙が流れ出た。
いっぱい、いっぱい流れ出た。

やっぱり……私は、10年前と変わっていない……

颯真君の言った通り、
相も変わらず、泣き虫のままだ。
大が付く泣き虫のままなんだ!

「お、おい! 凛ちゃん!」

大泣き顔の私を見て、颯真君が慌てた。

でも!
私の心は止まらない。

心に溜まったたくさんの想いが、ぶわっと噴き出して来る!

「10年間……想いを温めて来たんだよっ!」

「凛ちゃん……」

「あれから、私はずっと恋をしなかった。好きになる人は居なかった」

「……………」

「私を助けてくれた颯真君を、お礼を言わないまま忘れる事なんて出来なかったから」

「……………」

「助けて貰ったあの時、泣いたまま……お礼を言えなくて! 凄く後悔していて! ずっとず~っと、颯真君に逢えなくて! ……やっと出会って! お礼を言えたのに!!」

「……………」

「お礼を言って、はい、ばいばい、なんて! そんな事、あるわけないじゃないのっ!!」

ここまで言うのが精いっぱいだった。
胸が詰まり、言葉が出なくなった私は、またしても思い切り号泣していたのである。