颯真君は、ふうと息を吐き、話し始める。

「だから俺は、凛ちゃんと、失われた昔の街の懐かしい思い出話をいろいろしたいと思った。でも、クラスの女子達が親切にしてくれるのをむげに断るなど出来なかった」

「…………………」

「申し訳なかった! 俺が悪いんだ」

「…………………」

「きっぱりと女子達へ言った上で、凛ちゃんに話しかければ良かったのに……勇気が出なかった。クラスでは新参なのに、凜ちゃんとばかり話して、他のクラスメート達から悪く思われたくなかったんだ」

「…………………」

「それと一番大きかったのは、凜ちゃんの親友、遥ちゃんが一緒だとはいえ、俺が知らない他のクラスの男子と、凜ちゃんが凄く仲良くしている事だった」

「…………………」

「だから、余計いらいらが募った、そんな情けない自分に対し、ひどく自己嫌悪にも陥った」

「…………………」

「変に焼きもちを焼いて、凛ちゃんが、ちゃんとあいさつをしてるのにろくに返さなかったり、最低だよ、俺」

「…………………」

「そんな時、凛ちゃんが違うクラスの男子に絡まれていると聞き、助けようと思い、あの場へ飛び込んだ……」

「…………………」

「でも、最初から俺がそばについていれば、凛ちゃんに不快な思いをさせないですんだはずだ」

「…………………」

「かっこつけて、守るなんて言ったのに、守れなかった」

「…………………」

「そう思うと、更にひどい自己嫌悪に陥って、学校に居るのが耐えられず、嘘ついて、早退した。……そういう事さ」

「…………………」

「とんでもないひとり相撲で空回りしてさ。バカだろ? 俺……ごめんな」

颯真君の話が終わった。

懐かしい思い出の中で育まれた私の想い、
昔と変わらない誠実な颯真君の深い優しさ、
そして、分かり合えた安堵の気持ち……

いろいろな感情が混ざり合い、私は……泣いていた。
大泣きしていた。

「ぜ、全然バカじゃないっ! 颯真君はやっぱり優しい颯真君だよぉ!」

すると颯真君は、

「よしよし」

と私を慰めながら……

「あはは、凛ちゃんが泣き虫なのは、昔と変わってないなあ」

と、優しく微笑んでいた。

颯真君の心の内が分かった!
停滞していた私の初恋が大きく動いたどころか、急展開した!
と、言って良いだろう。

帰宅途中、たまたま自宅近くの公園で、初恋の相手颯真君に出会った。
そして、ふたりきりでゆっくりと話す事が出来た。
電話番号もメルアドも交換した。
だから、明日……いや、今夜からゆっくり颯真君と話が出来る。
時間が遅くなっても、メール連絡ならOKとの了解も取った。

万全の態勢となったので、『質問タイム』となった。

まず私から質問し、今日の『早退事件』の顛末(てんまつ)を聞く事も出来た。

そして颯真君の事情も、少しずつ分かって来た。

私をショッピングモールで助けた直後、颯真君の家は、
この街からとても遠い場所のA市へ引っ越していた。
それじゃあ、この街で会えないのも当然だ。

そして、10年後、再び颯真君一家は、
生まれ育ったこの街、『故郷』へと戻って来た。

故郷を10年間離れていた颯真君だったが……

その間、再開発により……
私と颯真君が生まれ育ったこの街は、以前暮らしていた頃とすっかり様相が変わってしまい、彼は大きなショックを受けていた。

そんな颯真君にとって、
ショッピングモールで迷子になって泣いていた、
『泣き虫の山脇凛』……つまり私という、幼い6歳同士の思い出が、
唯一無事に残っていたのだ。

私にとっては微妙な『黒歴史』事件なのだが……
昔の思い出が消えてしまったと嘆いていた颯真君が、大いに喜んでいるので、
私も素直に、淡き初恋の思い出として喜ぼう。

という事で、私の質問に答えてくれ、安堵させてくれた颯真君。

チェンジ!
という事で、質問役の交代である。

「じゃあ、今度は凛ちゃんが、俺の質問に答える番だな」

「うん、答えられる事ならなんでもOK……ただし、体重とかは勘弁」

「あはは、了解……じゃあ、聞こうか」

「は、はい!」

少し、緊張気味の私に対し、颯真君は話し始める。

「ええっと……いつも一緒に居る同じクラスの田之上遥(たのうえ・はるか)ちゃんは凜ちゃんの親友だよな?」

「ええ、遥は一番の友達、親友よ」

「そして俺が名前しか知らない隣のクラスの陸上部の男子、……確か、松山海斗(まつやま・かいと)君だっけ」

「そう、松山海斗君だよ」

「その海斗君が加わり、お昼ご飯は、3人仲良く一緒に行くけど……どういう関係? 凜ちゃんは、海斗君には迫られてないのか?」

え?
何?

私が? 海斗君に迫られてないのかって……

相原亮(あいはら・りょう)さんの一件があったから?

私を守る! って約束してくれたから?

もしかして、私の事を心配してくれている?

凄くありがたいと思うけど……

この学校に転入して来たばかりの颯真君。
クラスの女子たち辺りから情報収集はしているだろうけど、
私から直接聞きたかったようだ。

「大丈夫! 迫られてないって。それにどういう関係って……海斗君は、親友遥の彼氏、ふたりの付き合いは3年と結構長いし、遥と海斗君はウチの学校じゃ有名なカップルだよ」

「遥ちゃんと海斗君の付き合いは3年……やっぱりそうか……クラスの女子達から、一応そうは聞いたけど」

「一応そうは聞いたって、ゆるぎない事実だよ」

何か、颯真君って、海斗君の事、誤解してるのかな?

「ゆるぎない事実か……でも凛ちゃん、海斗君と凄く仲良さそうだな」

「うん! 凄くとまでは行かないけど、仲は結構良いと思う」

「そ、そうか! な、仲は結構良いんだ」

「ええ、でも誤解しないでね。もう一度言うけど、あくまで海斗君は親友、遥の彼氏。それに遥は、海斗君とは家族公認の付き合いなんだよ」

「遥ちゃんと海斗君は、家族公認の付き合いかあ」

「うん! それと遥が私の家に遊びに来た時、海斗君も一緒に来たから、ウチの両親とも海斗君は知り合いだよ」

「へえ、凛ちゃんのご両親も海斗君を知ってるんだ? ご両親も、海斗君は遥ちゃんの彼氏って認識なんだよな」

「うん、そうだよ」

「で、凛ちゃんは海斗君の事、どう思ってる?」

おお!
今度は私へ、ど直球来たあ!

「どうって、海斗君に恋愛感情は全くないし……ただ凄く良い人だよ。いろいろ相談にも乗ってくれるし……あっちは同学年の私の事、妹みたいに思ってるみたいだけどね」

「海斗君に恋愛感情は全くない……凜ちゃんは妹かあ、そうかあ……」

……何なんだろう?
颯真君、ひとりで納得してる。

一緒にベンチに座って話すと、今までの停滞ぶりが嘘のよう、話が弾みに弾んだ。

「で、次の質問」

「は、はい!」

「今日、凛ちゃんに迫って来た、あいつ……海斗君が絡んでるんじゃないのか?」

ああ……
颯真君が海斗君を、(こころよ)く思っていない理由が分かって来た。

相原さんと、海斗君が組んでいると思っているのか……

海斗君と相原さんは同じ陸上部で仲が良い。
だけど、海斗君が相原さんをフォローとか、後押ししているのとは違う。

これは、きちんと颯真君へ説明しておかないといけないぞ。

気持ちを新たにした私は、慎重に返す言葉を考えていたのである。