いきなりど直球の質問と言われ、私は大いに後悔。

「そ、颯真君、ご、ごめんなさい!」

「いや、凛ちゃん、謝らなくて構わないよ。……実は俺、最近いらいらしていてさ」

「え? いらいらって、どうして?」

確かに最近の颯真君を見ていると、いつも不機嫌な様子だった。

私があいさつしても、言葉が戻って来ない事もあったから。

まさか、私が原因でいらいら?
と思ったが……
思い当たる理由もなく、そんな事はないだろうと、考え直した。

「凜ちゃん、ちょっと話が長くなるけど、聞いてくれるかな?」

颯真君は話を続けている。
真剣な表情……
私はじっと颯真君を見つめた。

「ええ、分かったわ」

「……俺、10年前、ショッピングモールで凛ちゃんと会って、しばらくしてから、親の都合で違う(まち)……A市へ引っ越したんだ」

A市へ 引っ越した?
な、成る程。

「……そうだったんだ。だからあの後、ショッピングモールというか、この街では、颯真君と会えなかったんだね」

「……ああ、そうさ。あれから本当に、すぐ後の引っ越しだったよ……」

颯真君の目が遠い……
10年前にもなる昔の記憶をたぐっているようだ。

「それで、颯真君、引っ越した後、どうしていたの?」

「ああ、少し、はしょるけど、引っ越した先、全く馴染みがないA市で10年間暮らしたよ。そしたら先日、急に親が……父親だけどさ、『颯真、戻るぞ』と言ったんだ」

「え? 戻るぞって、この街に?」

「ああ、そうだ。俺、引っ越した先では、人間関係も含め、そこそこ上手くやっていたけれど……俺が生まれたこの街へ戻ると聞いて、正直嬉しかった」

「嬉しかったの?」

なぜ、颯真君は嬉しかったの?
生まれ故郷だから?
と、聞こうと思ったけど、やめておく。

そうした方が良いような気がした。
最後まで、颯真君の話を聞いた方が良い。
そんな気がしたのだ。

「ああ、この街へ戻るのが嬉しかったのは、ふたつ理由があった」

「ふたつ?」

颯真君が、この街へ戻るのが嬉しい……理由がふたつあるって。
そのどちらかが、『私・山脇凛の存在』だったら、良いのになあと密かに思う。

でも、そんなわけがないよ。

私みたいな地味でモブ子は、全く自信がない……
遥みたいに明るく可愛く、ポジティブ思考になれたらいいのに……

「まずひとつは……」

「ま、まず、ひ、ひとつは?」

だだだだだだだ、と心のどらが鳴る。

果たして、ファイナルアンサーは?

「ズバリ、凛ちゃん、君だ!」

「え、え、えええっ!? わ、わ、私なのっ!!??」

うっわ!!
待ち望んでいた答え……なのに!!

思い切り動揺した!!
分かりやすいくらい、きょどったあ!!

で、でもっ!

う、嬉しいっ!!!
す、凄く嬉しいっっ!!!

「ああ、俺が小さい頃、迷子になっていて助けた、山脇凛ちゃんは、まだあの街に住んで居るのだろうか? ……って考えたよ」

「…………………」

嬉しすぎて、言葉が出て来ない。
ど、どうしよう!
わ、私、舞い上がって!
飛んで行ってしまいそう!

そんな私をよそに、颯真君は話を続けて行く。

「もしも、凛ちゃんが居たら、10年の月日で、一体どんな女の子になっているだろうか? きっと可愛い子になっているよな……って想像したよ」

「…………………」

「それからまもなくして、転入する学校が決まって、何度も事前に聞こうと思った。その学校に山脇凛さんは居ますかって……けれど、やめた」

「…………………」

「いきなり、10年も逢っていない女子の事をいろいろ尋ねれば、必ず理由を聞かれるじゃないか?」

確かに!
必ず聞かれると思う。

「…………………」

「俺が聞きまわる事で、凜ちゃんにも迷惑をかけるかもしれない」

「…………………」

「ぞれは、絶対に避けたかった」

「…………………」

「よくよく考えれば、小さな子供の頃、たった一回逢っただけの女子の事を根掘り葉掘り聞くのは、変に思われても仕方がない」

「…………………」

「かといって、正直に理由を言えば、笑われるか、余計変に思われるだろう。だから転入後、さりげなく周囲に聞こうと思っていたんだ」

「…………………」

「もしも、転入する学校に凛ちゃんが居なかったら、改めて考えるつもりだった」

「…………………」

「高校はこの街にいくつかあるから、転入する学校に居ない可能性の方が高いしな。手掛かりをさぐりながら、気長に捜そうと思っていたよ」

「…………………」

「……そうして、期待と不安を胸に登校したら、何と何といきなりビンゴ。奇跡じゃないかと思った。凛ちゃん、10年ぶりに君と逢えて本当に嬉しかった」

「…………………」

「言っておくけど、俺は運命論者じゃない。だけど偶然に再会したのは、何か縁みたいなものを感じたよ」

「…………………」

「俺の想像以上に、凛ちゃんは可愛くなっていた!」

「…………………」

「そして、クラスで一緒に過ごしてみて分かった」

「…………………」

「凜ちゃんは可愛いだけじゃない、真面目で優しくてひたむきで、礼儀正しい素敵な女子になっていた! だから、最高に嬉しかったよ!」

私の方こそ凄く嬉しすぎて、まだちゃんと言葉が出て来なかったけれど、
ある違和感を覚えていた。

私と出逢えて最高に嬉しかったとしたら……
颯真君が、いらいらしていた不機嫌な理由は何なのだろう?

「この街に戻るのが楽しみなもうひとつの理由、それは凛ちゃんと同じく、(ふる)い思い出だ」

「…………………」

颯真君が楽しみにしていたのは、旧い思い出……
もしかして、と思った。

「……俺が生まれた、この街へ戻って来てから、学校へ転入する前、すぐに街中を歩いた。あちこちと……」

「…………………」

「そうしたら、がっかりした」

「…………………」

「この街は……俺の故郷は、10年前と景色が、すっかり変わっていたんだ」

「…………………」

「俺が幼い子供の頃、思い出を作った場所は……昔の風景は、ほとんど無くなっていた」

ああ、やっぱりと思った。

「…………………」

「知り合いの何人かから、この街で少し前に大きな再開発計画があって、実施されたと聞いた」

そう、私も知っている。
以前から立てられていた大規模な再開発計画が行われ……
この街は大きく変わった。
確かに便利にはなった。

しかし、私も以前の街の趣きが……颯真君と同じく、昔の風景が大好きだった……

「久々に帰って来たこの街は、様子が、がらりと変わっていた」

「…………………」

「確かに住みやすいし、何かにつけて便利な街にはなった。でも同じようなデザインのビル。看板が出ているのは、どこにでもあるチェーン店ばかりだった」

「…………………」

「俺の私見かもしれないけど、今や各地で開発が進み、同じような建物が並ぶ街ばかりさ」

「…………………」

「建物の老朽化とか、防災とか、バリアフリーとか、安全を第一に考えているだろうし、使い勝手とコスト、そして効率も考えているだろうから仕方がないとは思う」

「…………………」

「いろいろな事情があるのだろう。だけど俺は自分が生まれ育った(ふる)い街が大好きだった」

ああ、颯真君、私も!
昔の旧い街が、大好きだったよっ!

「…………………」

「俺は、凛ちゃんが、この街同様、どうなったか、どんな女の子になったのか、気になったんだ」

颯真君はそう言うと、私をじっと見つめたのである。