「春にミシュロ殿下がご結婚されるようですよ」

 昼食後の紅茶を堪能しているときに声をかけてきたのは、二年前からサイラスに仕えているスヴァンテという名の執事だ。
 スヴァンテはボルツマン子爵家の三男。血統としては貴族だが家を継ぐ立場でもない。サイラスと年齢も近いことからそば仕えの近侍(きんじ)に採用された。

「正妃様になられるお方はどんな女性なんでしょうね」
「さあな。俺には関係ない」
「ミシュロ殿下の次はサイラス様では? そのうち縁談のお話があるかもしれませんね」

 やわらかく人懐っこい笑みを浮かべるスヴァンテに、サイラスは癒しを感じていた。
 仮面を付けているのに怖がりもせず仕えてくれる。時には冗談を口にして笑わせてくれることも。

 クリスタル宮で暮らしていたときはつらい思いばかりしていたけれど、ローズ宮では使用人たちがよくしてくれるから快適だ。
 こんなに至れり尽くせりで気楽なら、母が生きているころにふたりで移ってきたらよかったと思うようになっていた。

「俺に嫁いでくる妃などいるわけないだろう。なんせ俺は醜くて冷徹で変わり者の野蛮人らしいからな」
「民衆の噂というのはなんとも勝手ですね」

 おそらく皇后がそういう噂を流せと誰かに命じたのだ。サイラスの評判を落とすために。
 そうでなければローズ宮でひっそりと暮らしているサイラスにそんな噂が立つわけがない。

「もしも俺に嫁がされる令嬢がいるなら、気の毒な話だ」


 ――――この三年後、カリナの身代わりとしてフィオラが嫁ぐことになる。