「遅くなって申し訳ありません」

 そこへひとりの人物が颯爽と現れた。彼は顔の左半分だけシルバー色の仮面を付けている。
 なのでそれが誰なのか、フィオラにもすぐにわかった。

『第二皇子は顔に傷があって鬼みたいに醜いらしいわ』

 以前にカリナと交わした会話を思い出した。おそらく仮面は傷を隠すためなのだろう。
 肩幅が広くて高身長、それに加えて足まで長くてスタイル抜群だ。今のところ粗暴さは感じられない。
 顔に傷さえなければ蛇蝎(だかつ)の如く嫌われなかったかもしれないのにと、フィオラは彼を気の毒に思った。

「第二皇子のサイラス・コーネルです」

 彼の低い声が耳に届いた途端、自分はこの人に嫁ぐのだとフィオラはなぜか超然(ちょうぜん)としていた。
 サイラスがどんなに野蛮で嫌な人間だとしても、命までは取られないだろう。
 いっそ王家の使用人になったと思えばいい。すべては妹のイルヴァのため。完璧にカリナに成りきってみせると、フィオラは強く決心した。


 一ヶ月後、王宮内の教会でふたりの結婚式が執り行われた。
 サイラスとは直接言葉を交わさないままこの日が来てしまい、貴族の政略結婚とはなんと味気ないものかと失望に似た気持ちが湧いた。
 いや、この結婚が稀有(けう)なのだろう。こちらの気が変わらないうちにと、王室はスピード重視で日程を進めていたから。

 仕立てられたウエディングドレスに袖を通しながら、本物の両親にひと目見せたかったなとふと思う。
 人生でこのドレスを着るのは今日だけなのに……それは叶わない。
 
 (詮無(せんな)いことを考えるのは辞めよう。虚しくなるだけ)

 式が始まる少し前、皇后に初めて挨拶をしたのだけれど、とても華やかで美しい貴婦人だった。
 しかし、血の繋がらないサイラスとは折り合いが悪いと聞いていたとおり、晴れの日だというのにふたりは会話はおろか視線すら合わせることがなかった。
 それには誰もが気づいているが、暗黙の了解のように見て見ぬふりをしている。