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「菫花、休憩しよう」

 蒼紫さんにそう言われ、お茶の準備をした。ポットの湯を注ごうとした所で、蒼紫さんが後ろから抱きついてきた。

「菫花……」

 甘く囁くその声に鼓膜が震える。

 しかし今はその余韻に浸ることは出来ない。それは先ほどの蒼紫の言葉を聞いてしまったからだ。そのせいか体が勝手に拒絶する。私は体を反転させると、蒼紫さんの体を右腕で拒んだ。蒼紫さんは私がそんな態度をとるとは思わなかったのだろう。その場で目を見開き固まっていた。私はその様子に苛立ち、唇を噛みしめる。

 私だけが何故こんな思いをしなければいけないのか……。先ほど女性に好きだと囁いたその口で、私に甘い言葉を囁く。それが信じられなかった。

 この人は平然とウソがつける人なのだろうか?

 蒼紫さんへの不信感が募っていく。

「菫花どうしたの?」

「今は仕事中です」

 私は素っ気なくそれだけ言い、仕事に戻った。


 仕事が終わり、私は会社を出た。そして今日あった出来事を思い返し、頭の中を整理しながら溜め息を付いた。いろいろありすぎて、疲労感がいつもの倍以上に感じられる。早く帰って熱いシャワーを浴びたい。そう思いながら歩いているときだった。不意に左腕を掴まれ、人気の無いビルの間に引き込まれた。


 何……。

 
 一体何が起こったのか分からずにパニックを起こしそうになるが、それを制するように男が低い声を出した。男の姿は回りが暗く分からないが、その低くまとわりつく様な声には聞き覚えがあった。